孔子の論語 憲問第十四の三十七 我を知る者は其れ天か

孔子の論語の翻訳380回目、憲問第十四の三十七でござる。

漢文
子曰、莫我知也夫、子貢曰、何爲其莫知子也、子曰、不怨天、不尤人、下學而上達、知我者其天乎。

書き下し文
子曰わく、我知ること莫(な)きかな。子貢(しこう)が曰わく、何爲(なんす)れぞ其れ子を知ること莫からん。子曰わく、天を怨(うら)みず、人を尤(とが)めず、下学(かがく)して上達す。我を知る者は其れ天か。

英訳文
Confucius said, “Nobody understands me.” Zi Gong asked, “Why does nobody understand you, master?” Confucius replied, “I don’t have grudge to the heaven. I don’t blame anyone. I have been learning from trivial to lofty things. Only the heaven understands me.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「私の事を理解してくれる者が誰もいない。」
子貢(しこう)がこれを聞いて、
「どうして先生を理解できない者がおりましょうか。」
と尋ねると、孔子は、
「天に怨みを持たず、人を非難せず、これまで身近な事から高尚な事に至るまで学んできた。天のみが私を理解してくれる。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

子貢(しこう:姓は端木、名は賜、字は子貢。詳細は公冶長第五の九に。)

学而第一の十六憲問第十四の三十二で「人に理解されない事など気にするな」とおっしゃっている孔子でござるが、人の身である孔子も時には弱気になる事があったのでござろう。

前にも言ったでござるが、(初期の)論語は生きてる間についに報われなかった孔子に対する弟子たちからのせめてもの温情であったでござろう。

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孔子の論語 憲問第十四の三十六 直きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ

孔子の論語の翻訳379回目、憲問第十四の三十六でござる。

漢文
或曰、以徳報怨、何如、子曰、何以報徳、以直報怨、以徳報徳。

書き下し文
或(あ)るひとの曰わく、徳を以(もっ)て怨(うら)みに報いば、何如(いかん)。子曰わく、何を以てか徳に報いん。直(なお)きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ。

英訳文
Someone asked, “How about repaying virtue to the grudge?” Confucius replied, “What will you repay to the virtue? I repay honesty to the grudge, and virtue to the virtue.”

現代語訳
ある人が尋ねました、
「人から受けた怨みに対して人徳をもって報いるのはいかがでしょう?」
孔子は、
「それでは人から受けた徳には何をもって報いるというのかね?私は怨みに対しては誠実さで報い、徳に対しては徳で報いる。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

「怨(うら)みに報ゆるに徳をもってす」は老子の第六十三章にもある言葉でござるな。ただし孔子の言う「徳」と老子の言う「徳」は別物なので注意が必要でござる。

※補足
メールにて「孔子の徳と老子の徳はどう違うのか?」というご質問を頂いたので、手短に補足説明をさせていただくでござる。

まず孔子をはじめとする儒学における徳とは、学問や教養によって身に付けたいわゆる美徳を指し、特に仁義礼智信の五つの徳を身につけ人々の手本となって教え導く事が君子の道とされているでござるな。

それに対して老子の思想における徳とは 老子の第三十八章 で「上徳は無為にして、而して以って為にする無し」と述べている通り、学問などで人為的に身につける美徳を否定し、欲望や自尊心を抑えて人間本来の素直な心を取り戻す事が老子にとっての徳でござる。

これらを踏まえたうえで老子の「怨みに報ゆるに徳を以ってす」を拙者なりに解釈すると、”そもそも「怨み」の気持ちが生じるのは必要以上に物事に執着するからであり、「徳」を備えた人間は怨みなど抱かない” という老子ならではの逆説的な表現だと考える次第でござる。第六十三章をもう一度読んでいただくと、他の言葉もほとんどこの様な逆説的な表現がされている事に気づくはずでござる。

これが孔子の立場だと「直きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ」となるのは、儒学の理念を考えれば自明となるでござろう。例えば自分の親が害された時に仇を討たないのは「不孝」でござる。自分の名誉が貶められた時に恥を雪がないのも一族や先祖に対する不孝でござるな。仁の心があり義の心があればこそ怨みを簡単に水に流すなどありえない事でござる。ゆえに怨みに対しては誠実さをもって正々堂々と報復をする訳でござるな。後半部分については、”礼には礼を、恩には恩を返す” という様な意味でござろう。

と言ったところではなはだ簡単ではあるものの孔子と老子の徳の説明は以上でござる。

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孔子の論語 憲問第十四の三十五 驥は其の力を称せず、其の徳を称す

孔子の論語の翻訳378回目、憲問第十四の三十五でござる。

漢文
子曰、驥不称其力、称其徳也。

書き下し文
子曰わく、驥(き)は其の力を称(しょう)せず。其の徳を称す。

英訳文
Confucius said, “A good horse is praised for its virtue, not praised for its strength.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「名馬はその力を称賛されるのではなく、その徳質を称賛されるのだ。」

Translated by へいはちろう

馬に例えて、人間にとって大切なのは才能や能力よりも人格だとおっしゃっているのでござるな。

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孔子の論語 憲問第十四の三十四 敢て佞を為すに非ざるなり、固を疾めばなり

孔子の論語の翻訳377回目、憲問第十四の三十四でござる。

漢文
微生畝謂孔子曰、丘何爲是栖栖者與、無乃爲佞乎、孔子對曰、非敢爲佞也、疾固也。

書き下し文
微生畝(びせいほ)、孔子に謂(い)いて曰わく、丘(きゅう)、何爲(なんす)れぞ是(これ)栖栖(せいせい)たり者ぞ。乃(すなわ)ち佞(ねい)を為すこと無からんや。孔子対(こた)えて曰わく、敢(あえ)て佞を為すに非(あら)ざるなり。固(こ)を疾(にく)めばなり。

英訳文
Wei Sheng Mu said to Confucius, “Why are you so busy? Are you trying to fawn on the people?” Confucius replied, “I’m not fawning on the people. Because I hate to be stubborn.”

現代語訳
微生畝(びせいほ)が孔子に言いました、
「お前さんはどうしてそんなに忙しそうにしてるのかね? 世間に媚びようとはしていないか?」
孔子は、
「世間に媚びたりはしていません。頑固で独りよがりになるのが嫌なのです。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

微生畝(びせいほ:当時の隠者。)

孔子の死後、春秋戦国にかけて儒学者たちと老荘思想家や墨家やその他の思想家たちはお互いを批判しながら百家争鳴の様相となるのでござるが、論語内に隠者が出てくるのはその前兆なのでござろう。老子でも儒者に対する批判は少ししか無いでござるな。

これが孟子や荘子、墨子になると良く言えば活発な批判合戦が繰り返されており、悪く言えば少し食傷気味なのでござるが、論語を読んだらこれらの書物も同時に読む事をお勧めするでござる。

荀子と韓非子も是非読んだ方が良いでござるな。

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孔子の論語 憲問第十四の三十三 抑々亦先ず覚る者は、是賢か

孔子の論語の翻訳376回目、憲問第十四の三十三でござる。

漢文
子曰、不逆詐、不億不信、抑亦先覺者、是賢乎。

書き下し文
子曰わく、詐(いつわ)りを逆(むか)えず、信ぜられざるを億(おもんばか)らず、抑々(そもそも)亦(また)先(ま)ず覚る者は、是(これ)賢か。

英訳文
Confucius said, “This person must be wise. If he can perceive many things even though he does not doubt others and he is not concerned about being doubted by others.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「人を疑って身構えたりせず、人から信じてもらえない事に不安を覚えずにいながら、様々な事を察する事ができる人物は、賢者といえるだろう。」

Translated by へいはちろう

そもそもこの様な心配を抱くのは、他人や自分という者に過度の期待を抱くからでござるな。

もちろん嘘というのは良くない事だし、どんな倫理道徳も嘘を肯定などはしていないのでござるが、そのために他人に不信感を抱いたり疑心暗鬼に陥ってしまっては本末転倒でござる。

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