学問のすすめの翻訳、四編 段落六 その一でござる。
現代語訳
以上の事を考慮して考えると、現在の我が国の文明を発展させようとするならば、まず先に人々の心にしみついた気風を一掃しなければならない。ただこれを一掃するのは、政府の命令を用いても、個人の論説を用いても難しく、必ず誰かが人々に先んじて行動し、それによって人民の拠り所となる手本を示すようにしなければならない。今この手本となるべき人物は、農民の中にはおらず、商人の中にもおらず、また和漢の学者達の中にもいない。その任に当たる事ができるのは、ただ洋学の流れを汲むある種の人々がいるのみである。
しかしながらこれらの人々に頼る事のできない事情もまたある。この洋学者流の人々は近頃、ようやく世間に増えてきて、ある者は西洋の書物を翻訳し、ある者は翻訳された書物を読み、精一杯力を尽くしている様に見えるけれども、この学者達は文字は読めてもその意味を理解できないのか、あるいは意味は理解できてもそれを実践するほどの誠意がないのか、その行動を見る限りにおいては、私などは大いに疑念を抱かざるを得ない。
その疑念とは、この学者達、官職がある事は知っていても私的に身を立てる事は知らず、政府で出世する術は心得ていても、政府の外に居続ける道を知らないのではないかという事である。結局のところ漢学者流の悪習と無縁ではいられないのか、まるで漢学の体に洋学の衣装を着ているかの様である。
英訳文
In the light of these things, to develop the civilization of this country, you must clean up the spirit which is widespread among the people beforehand. To clear it up, you cannot depend on government ordinances or the people’s speech. You must conduct yourself before others and make yourself a good example for the people. But when you look for a person who can be a good example for the people, there is none in farmers, merchants or scholars of Japanese and Chinese studies. Only scholars of Western studies can fulfill the task.
However, there is also the reason that you cannot depend on these people. Recently, they have been increasing gradually. Some translate Western books and some read the translated books and they look they are doing their best. But from my point of view, they look they can only read books but cannot understand them or they can understand books but don’t have conscience to practice them, and I cannot help but suspect them.
I suspect that these scholars know there are jobs in the government but don’t know jobs in private sector and know how to succeed in the government but don’t know the way to stay in private sector. In other words, they cannot avoid bad practices of scholars of Chinese studies as if they wore Western clothes on Chinese body.
Translated by へいはちろう
今回の文を持って福沢が知識よりも実践に重きを置いていると断ずる事はできないでござるが、ここで漢学の一派である陽明学の「知行合一 (ちこうごういつ)」っぽい論調となっている所が少々面白いでござるな。初編 段落二で学問の実用性に重きを置いている点や自伝に書かれた内容から推測するに、福沢が形而上よりも形而下の問題により感心があった事は疑いないでござるが、その傾向がいつ頃に養われたものか考えると洋学の影響が原因とも言い切れない。
福沢が少年期に師事した漢学者の白石照山は特に陽明学や亀井学の影響が強かったと言われる人物なので、もしかしたらその影響もあるのやも知れないでござるな。
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