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孔子の論語 顔淵第十二の二十三 忠告して善を以てこれを道びく、不可なれば則ち止む

孔子の論語の翻訳312回目、顔淵第十二の二十三でござる。

漢文
子貢問友、子曰、忠告而以善道之、無自辱焉。

書き下し文
子貢(しこう)、友を問う。子曰わく、忠告して善を以てこれを道びく。不可なれば則ち止(や)む。自ら辱(はずかし)めらるること無かれ。

英訳文
Zi Gong asked about friendship. Confucius replied, “You should guide your friend to the good direction with advice. If your friend rejects your advice, you should not compel him. Otherwise, you would humiliate yourself.”

現代語訳
子貢(しこう)が友情について尋ねました。孔子は、
「友人に忠告して善い方向に導いてあげなさい。しかし無理強いはしてはいけない、さもなくば自分自身をはずかしめる結果になるだろう。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

子貢(しこう:姓は端木、名は賜、字は子貢。詳細は公冶長第五の九に。)

人の忠告は素直に聞き、人への忠告を無理強いはしない。これが理想なのでござるが、これがなかなか難しいのが現実。耳が痛い限りでござる。

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孔子の論語 顔淵第十二の二十二 直きを挙げて諸れを枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしめん

孔子の論語の翻訳311回目、顔淵第十二の二十二でござる。

漢文
樊遅問仁、子曰愛人、問知、子曰知人、樊遅未達、子曰、擧直錯諸在、能使枉者直、樊遅退、見子夏曰、嚮也吾見於夫子而問知、子曰、擧直錯諸枉、能使枉者直、何謂也、子夏曰、富哉是言乎、舜有天下、選於衆擧皐陶、不仁者遠矣、湯有天下、選於衆擧伊尹、不仁者遠矣。

書き下し文
樊遅(はんち)、仁を問う。子曰わく、人を愛す。知を問う。子曰わく、人を知る。樊遅未(いま)だ達せず。子曰わく、直(なお)きを挙(あ)げて諸(こ)れを枉 (まが)れるに錯(お)けば、能(よ)く枉れる者をして直からしめん。樊遅退(しりぞ)きて子夏(しか)に見(まみ)えて曰わく、嚮(さき)に吾(われ)夫子(ふうし)に見えて知を問う、子曰わく、直きを挙げて諸れを枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしめんと。何の謂(い)いぞや。子夏が曰わく、富めるかな、是(こ)の言や。舜(しゅん)、天下を有(たも) ち、衆に選んで皐陶(こうよう)を挙げしかば、不仁者(ふじんしゃ)は遠ざかれり。湯(とう)、天下を有ち、衆に選んで伊尹(いいん)を挙げしかば、不仁者は遠ざかれり。

英訳文
Fan Chi asked about benevolence. Confucius replied, “To love people.” Fan Chi asked about wisdom. Confucius replied, “To know people.” Fan Chi didn’t understand Confucius’ words yet. Confucius said, “If you appoint honest people and make them oversee dishonest people, you can correct those dishonest people.” After leaving the room, Fan Chi saw Zi Xia and asked, “I asked about wisdom and Confucius replied, ‘If you appoint honest people and make them oversee dishonest people, you can correct those dishonest people.’ What did he mean?” Zi Xia replied, “That is meaningful. When emperor shun ruled the world, he selected Gao Tao as a minster from many people. Then immoral people decreased. When King Tang ruled the world, he selected Yi Yin as the Prime Minister from many people. Then immoral people decreased.”

現代語訳
樊遅(はんち)が仁について尋ねました。孔子は、
「人を愛することだ。」
と答えられました。ついで知について尋ねると孔子は、
「人を知ることだ。」
と答えられました。樊遅が理解していないようだったので、孔子は、
「誠実な人間を登用して不誠実な人間を監督させれば、不誠実な人間を矯正することができる。」
とおっしゃいました。樊遅は部屋を退出した後で子夏に会って尋ねました、
「先生に知について尋ねたのだが、先生は “誠実な人間を登用して不誠実な人間を監督させれば、不誠実な人間を矯正することができる” とおっしゃった。これはどういう意味だろうか?」
子夏は、
「それは大変深い意味がありますね。かつて舜(しゅん)が天下を治められていた時、大勢の人の中から皐陶(こうよう)を抜擢して司法長官に任命したところ、悪人が減ったと言います。湯王が天下を治められていた時、大勢の人の中から伊尹(いいん)を抜擢して宰相に任命したところ、悪人が減ったと言います。」
と答えました。

Translated by へいはちろう

樊遅(はんち:姓は樊、名は須、字は子遅。孔子の弟子の一人。為政第二の五では孔子の御者をしている。)

子夏(しか:姓は卜、名は商。字は子夏。詳細は雍也第六の十三に。)

(しゅん:中国の伝説上の聖帝、詳細は八佾第三の二十五に。)

皐陶(こうよう:舜、禹の臣。字は庭堅。女華の子。咎繇ともいう。皋陶は司法長官に任命されて公正に刑罰を執り行い、民衆はみな服したという。舜の後をついだ禹は皋陶に位を譲ろうとしたが、皋陶は頑なに固辞したまま没した。)

湯王(とうおう:殷王朝の始祖。姓は子、名は履。天乙(てんいつ)とも呼ばれる。夏の桀王を殺し、夏王朝を滅ぼした。桀王は暴虐な政治を行い、人心は夏から離れていた。当時夏の臣であった湯王は伊尹の補佐を受け桀を攻め、これを滅ぼした。湯王は夏の禹、周の文王、武王と並び聖王として後世に崇められている。)

伊尹(いいん:湯王の臣下にして殷建国の功労者、名は摯。はじめは料理人として貴族に仕えていたが、主人の娘が湯王に嫁ぐことになって湯王の部下となった。そこで湯王に才能を見出されて共に殷建国を果たすこととなる。湯王の死後も5代目の王まで仕えて殷の基盤を固めた。)

孔子は今回の文章と似たような事を為政第二の十九でもおっしゃっているでござるな。

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孔子の論語 顔淵第十二の二十一 一朝の忿りに其の身を忘れて以て其の親に及ぼすは、惑いに非ずや

孔子の論語の翻訳310回目、顔淵第十二の二十一でござる。

漢文
樊遅從遊於舞雩之下、曰、敢問崇徳脩慝辨惑、子曰、善哉問、先事後得、非崇徳與、攻其惡無攻人之惡、非脩慝與、一朝之忿忘其身以及其親、非惑與

書き下し文
樊遅(はんち)従いて舞雩(ぶう)の下(もと)に遊ぶ。曰わく、敢えて徳を崇(たか)くし慝(とく)を脩(おさ)め惑いを弁(べん)ぜんことを問う。子曰わく、善いかな、問うこと。事を先にして得ることを後にするは、徳を崇くするに非(あら)ずや。其の悪を攻(せ)めて人の悪を攻むること無きは、慝を脩むるに非ずや。一朝(いっちょう)の忿(いきどお)りに其の身を忘れて以て其の親(しん)に及ぼすは、惑いに非ずや。

英訳文
Fan Chi accompanied Confucius to the stage of praying for rain. Fan Chi asked, “How can I enhance my virtue ,exorcise my malice and clear puzzlement away?” Confucius replied, “Good question. If you act before thinking of your benefit, you can enhance your virtue. If you criticize yourself without criticizing others, you can exorcise your malice. If you lose control of yourself with anger and involve your family, that is exactly puzzlement.”

現代語訳
樊遅(はんち)を伴って雨乞いの舞台に出かけたときに樊遅が尋ねました、
「どのようにしたら自分の徳を高め、邪心を払って、惑いを取り除く事ができるでしょうか?」
孔子は、
「良い質問だ。行動を先にして利益を後回しにすれば、徳を高める事ができるだろう。自らの行いを反省して他人のあら探しをしなければ、邪心を払う事ができるだろう。一時の怒りにその身を忘れて家族まで巻き込んでしまうというのは、惑いと言えるだろうな。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

樊遅(はんち:姓は樊、名は須、字は子遅。孔子の弟子の一人。為政第二の五では孔子の御者をしている。)

顔淵第十二の十では子張が同じ様な質問をしているのでござるが、同じ事を聞いても人によって孔子の返答が違うのが論語の面白いところでござるな。

しかし樊遅に対しても子張に対しても惑いとは何かという答え方で、惑いを取り除く方法については答えていない点も興味深いところでござる。孔子は人の惑いを取り除くことなどできないと思っていたのでござろうか。しかし為政第二の四ではニュアンスは違えど「四十にして惑わず。」とおっしゃっているのでござる。この辺に惑いを取り除く為にはどうすれば良いかが隠されているのでござろう。

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孔子の論語 顔淵第十二の二十 質直にして義を好み、言を察して色を観、慮って以て人に下る

孔子の論語の翻訳309回目、顔淵第十二の二十でござる。

漢文
子張問、士何如斯可謂之達矣、子曰、何哉、爾所謂達者、子張對曰、在邦必聞、子曰、是聞也、非達也、夫達者、質直而好義、察言而觀色、慮以下人、在邦必達、在家必達、夫聞者色取仁而行違、居之不疑、在邦必聞、在家必聞。

書き下し文
子張(しちょう)問う、士(し)何如(いか)なれば斯(こ)れを達(たつ)と謂うべき。子曰わく、何ぞや、爾(なんじ)の所謂(いわゆる)達とは。子張対(こた)えて曰わく、邦(くに)に 在(あ)りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ。子曰わく、是(これ)聞(ぶん)なり、達に非(あら)ざるなり。夫(そ)れ達なる者は、質直(しつちょく)にして義を好み、言(げん)を察して色を観、慮(はか)って以て人に下る。邦に在りても必ず達し、家に在りても必ず達す。夫れ聞なる者は、色に仁を取りて行いは違(たが)い、これに居りて疑わず。邦に在りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ。

英訳文
Zi Zhang asked, “What sort of person is called ‘a master’?” Confucius said, “How do you think?” Zi Zhang replied, “I think a master must have a good reputation both in his country and in his hometown.” Confucius said, “Such a person is not a master. He is just popular. I think a master must be honest, value justice, listen to others carefully, read others’ faces and be humble. He must do so both in his country and in his hometown. A person who is just popular looks benevolent. But his deeds differ from benevolence. He does not suspect his inconsistency. He just has a good reputation both in his country and in his hometown.”

現代語訳
子張(しちょう)が尋ねました、
「士人たるもの、どのようであれば “達した” と言えるでしょうか?」
孔子が、
「お前はどう思うかね?」
と聞くと、子張は、
「国政に携われば評判を得て、地元に帰っても評判を得る。そんな人物を “達した” と思います。」
と答えました。しかし孔子は、
「そんなものでは “達した” とは言えない、ただ人気者なだけだ。そもそも “達した” 人物とは実直にして正義を重んじ、人の言葉を注意深く聞いて表情をよく読み、遠慮してへりくだった態度でいるものだ。国政に携わってもこの態度で望み、地元に帰ってもこの態度を貫く。それに比べて人気者なだけの人物とは、うわべだけ仁徳があるように見せかけて、その行動は仁徳とは違う。そんな自分に矛盾すら感じない。しかし人気取りが上手いので国政に携われば評判を得て、地元に帰っても評判を得てしまうのだ。」
とおっしゃいました。

Translated by へいはちろう

子張(しちょう:姓は顓孫、名は師、字は子張。詳細は公冶長第五の十九に。)

人を評判だけで評価してはいけないという事でござるな。特に政治家や芸術家というのは生前の評価よりも死後の評価の方が重要だったりするものでござる。

ただ結局のところ現在生きている人間を客観的に判断するには評判に頼るしかないのが現実で、それは漢の時代の官吏登用における郷挙里選制に色濃く表れているでござる。その後は九品官人法を経て科挙(つまり儒学的評判から儒学的知識を重んじるようになった)で人を評価するようになるのでござるが、これはこれで問題があるのは致し方のない事でござる。

人間が人間を評価するのに完璧な方法などは無いと拙者は思う次第。

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孔子の論語 顔淵第十二の十九 草、これに風を上うれば、必らず偃す

孔子の論語の翻訳308回目、顔淵第十二の十九でござる。

漢文
季康子問政於孔子、曰、如殺無道以就有道、何如、孔子對曰、子爲政、焉用殺、子欲善而民善矣、君子之徳風也、小人之徳草也、草上之風必偃。

書き下し文
季康子(きこうし)、政(まつりごと)を孔子に問いて曰わく、如(も)し無道(むどう)を殺して以(もっ)て有道(ゆうどう)に就(つ)かば、何如(いかん)。孔子対(こた)て曰わく、子、政を為すに、焉(な)んぞ殺(さつ)を用いん。子、善を欲すれば、民善ならん。君子の徳は風なり、小人の徳は草なり。草、これに風を上(くわ)うれば、必らず偃(ふ)す。

英訳文
Ji Kang Zi asked Confucius about politics, “How about killing the criminals to make the people obey the right path?” Confucius replied, “Why do you need to kill the people to govern them? If you aspire goodness, they have it. A nature of gentlemen is a wind. A nature of others is grass. Grass must bow when the wind blows.”

現代語訳
季康子(きこうし)が孔子に政治について尋ねて言いました、
「人々を正道につかせるために、無道の者達を殺してはいかがでしょうか?」
孔子は、
「どうして政治を行うのに人々を殺す必要があるのです。あなたが善を追い求めれば人々は善くなります。人々の手本たるべき君子の性質は風です、他の人々の性質は草です。草の上を風が吹けばおのずから頭を垂れるものです。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

季康子(きこうし:魯の宰相、姓は季孫、名は肥、康子は諡(おくりな)。魯の実質的支配者である三桓氏の筆頭。)

孔子の徳治主義があらわれている文章でござるな。季康子に対して「人々の前にまずあなたを正しなさい。」と前回・前々回につづいておっしゃってるのでござる。

ただ孔子は刑罰だけに頼って統治を行うことに反対ではあったが、刑罰そのものを完全否定していたわけではないので極論に取るのは注意でござる。実際孔子が魯の大司寇(警察・司法責任者)を務めていたときには少正卯という大夫を就任7日目に処刑しているのでござる。もちろん盗賊の類も捕らえて刑を与えたはずでござる。

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