聖徳太子による十七条憲法の翻訳、第十一条でござる。
原文
十一曰、明察功過、賞罰必當。日者賞不在功、罰不在罪。執事群卿、宜明賞罰。
書き下し文
十一に曰く、功過(こうか)を明らかに察して、賞罰を必ず当てよ。このごろ、賞は功においてせず、罰は罪においてせず、事(こと)を執(と)る群卿(ぐんけい)、宜(よろ)しく賞罰を明らかにすべし。
英訳文
Give clear evaluation to merits and faults and give sure rewards and punishments to them. Recently there have been rewards without merit and punishments without fault. All the ministers who have responsibility, make clear rewards and punishments.
現代語訳
部下の功績と過失を正しく評価して、それに見合った賞罰を与えるようにしなさい。近頃は功績も無いのに賞されたり、過失も無いのに罰せられる事がある。賞罰を与える立場にある官吏たちは、適正かつ明確に行うべきである。
Translated by へいはちろう
信賞必罰は組織を維持する要でござる。当時だけの話ではないでござろうが、賞罰権を持つ人間との関係やその心証によって賞罰がずいぶんと不公正に行われていたのでござろう。会社の人事などでも人事権を持つ上司が、会社の利益ではなく自分の利益のために人事権を行使しては会社のためにならないというのは少し考えれば解ることでござるな。
ただし拙者には今回の条文は至極まともな事を言っているようで、実のところ問題の本質を見誤っているように思えるでござる。太子は賞罰権を持つ官吏たちに対して公正に賞罰を行えと言っているが、そもそも公正な賞罰が行えない者に賞罰権を与えるべきではない。もちろん当時の政治状況というものがあり、太子も冠位十二階の制定などでそれを変えようとしていた事は考慮されるべきでござるが、賞罰権はもっと厳重に管理されるべきであり、部下のモラルに頼って良いものではないはずでござる。
今回の条文は信賞必罰を説いているという事で、韓非子に代表される法家の思想が反映されているとおっしゃる方がおられるでござるが、拙者には法家の思想が正しく反映されているとは思えないでござる。たとえば韓非子は確かに信賞必罰の重要性を説いてはいるが、同時に賞罰権は君主自らが厳重に管理すべきだと説いているのでござる。韓非子の主張を要約すると「君主が賞罰権を握っているから臣下は君主を恐れるのである。君主が賞罰権を臣下に委ねてしまえば他の臣下は君主ではなくその臣下の顔色を伺うようになり、ついには君主の立場まで脅かされるようになる。」という感じでござるが、太子の生きた時代は蘇我氏の専横によってまさにそのような状況だったのではないでござろうか。
※全条文の英訳を読みたい方は聖徳太子の十七条憲法を英訳をご覧くだされ。