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孔子の論語 公冶長第五の十三 夫子の性と天道とを言うは、得て聞くべからざるなり

孔子の論語の翻訳105回目、公冶長第五の十三でござる。

漢文
子貢曰、夫子之文章、可得而聞也、夫子之言性與天道、不可得而聞也已矣。

書き下し文
子貢(しこう)曰わく、夫子(ふうし)の文章は、得て聞くべきなり。夫子の性と天道とを言うは、得て聞くべからざるなり。

英訳文
Zi Gong said, “Master often talked about morals. But master rarely talked about human nature and the law of nature.”

現代語訳
子貢(しこう)が言いました、
「先生は人の守るべき道徳については度々話されたが、人の性質や天地の法則に関する事を話された事はとても少なかった。」

Translated by へいはちろう

随分と意訳してしまったでござるが前半部の「夫子(ふうし)の文章」は朱子によると「徳の外に表れたもので、威儀や文辞など」との事でござる。つまり孔子の書き表した書物や論語内の言葉など孔子が文字や言葉で表した事の全てでござるがややこしいので道徳=morals、と訳してしまったでござる。

孔子は人の道徳や社会のあり方、政治思想について多くの言葉を残したが、ほぼ同時代の仏陀やキリストの様に天地万物の真理について言及する事はほとんど無かったのでござる。この時代の中国大陸でそれらに関する言葉を残したのは騶衍(すうえん:陰陽道の開祖)が有名でござるな。また同じ様に道徳や政治思想を説いて儒家と対立していた墨子などは、孔子とは違い鬼神(神や霊魂)などに関する言葉も多いのでござる。

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孔子の論語 公冶長第五の十二 我人の諸れを我に加えんことを欲せざるは、吾亦諸れを人に加うること無からんと欲す

孔子の論語の翻訳104回目、公冶長第五の十二でござる。

漢文
子貢曰、我不欲人之加諸我也、吾亦欲無加諸人、子曰、賜也、非爾所及也。

書き下し文
子貢(しこう)が曰わく、我人の諸(こ)れを我に加えんことを欲せざるは、吾亦(また)諸れを人に加うること無からんと欲す。子曰わく、賜(し)や、爾(なんじ)の及ぶ所に非ざるなり。

英訳文
Zi Gong said, “The thing that I do not want to be done by others, I also do not want to do it to others.” Confucius said, “Zi Gong, that is beyond you.”

現代語訳
子貢(しこう)が、
「私は人からされたく無いと思うことは、また人にもしない様にしたいと思います。」
と言い、孔子は、
「子貢よ、それはお前に出来る事では無い。」
とおしゃいました。

Translated by へいはちろう

簡単に言うと「己の欲せざる所は人に施す勿れ(顔淵第十二の二衛霊公第十五の二十四)」、でござるが、しかし一刀両断でござるな。確かにこれが出来れば人間同士のいざこざの大半が無くなってしまうでござろう。そもそもこの言葉を他人に対して偉そうに言った時点で多くの人は不愉快に思うはず。当たり前過ぎる正論ほど人を苛立たせる物はあまり無いでござろう。

有名な川柳を一つ、
その通り だから余計に 腹が立ち

さて何故子貢が孔子に一刀両断にされたかと言うと、 憲問第十四にもあるとおり弁の立つ子貢はまさに正論によって他人の反論を封じてしまう事が多かったからでござる。人の意見を巧みな弁論によって封じ、その人格を否定する。そんな事をしている人間が「己の欲せざる所は人に施す勿れ」と賢しげに言った所で誰も聞きはしないでござろう。才気走る子貢の最大の欠点でござるな。そして才はともかく拙者もまさに同じ欠点を持っているので耳が痛いのでござるよ、自戒自戒。

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孔子の論語 公冶長第五の十一 棖や慾あり、焉んぞ剛なることを得ん

孔子の論語の翻訳103回目、公冶長第五の十一でござる。

漢文
子曰、吾未見剛者、或對曰、申棖、子曰、棖也慾、焉得剛。

書き下し文
子曰わく、吾(われ)未(いま)だ剛(ごう)なる者を見ず。或(あ)るひと対(こた)えて曰わく、申棖(しんとう)と。子曰わく、棖(とう)や慾(よく)あり。焉(いずく)んぞ剛なることを得ん。

英訳文
Confucius said, “I have not seen a truly strong man yet.” Someone asked, “What about Shen Cheng?” Confucius replied, “He is greedy. How can we call him a truly strong man?”

現代語訳
孔子が、
「私は今までに本当に強い人間というものに出会った事が無い。」
とおっしゃり、ある人が、
「申棖(しんとう)はいかがですか?」
と尋ね、孔子は、
「申棖はまだまだ強欲だ、どうして彼を本当の強者といえようか。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

申棖(しんとう:姓は申、名は棖、字は周。孔子の弟子の一人。)

他人に勝てても自分に負ける様では強者とは言えない、という事でござろうか?自分に負けっぱなしの人生の拙者はいったいどうすれば・・・別に強者じゃなくてもいいかな。

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孔子の論語 公冶長第五の十 今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を観る

孔子の論語の翻訳102回目、公冶長第五の十でござる。

漢文
宰予晝寝、子曰、朽木不可雕也、糞土之牆、不可朽也、於予與何誅、子曰、始吾於人也、聽其言而信其行、今吾於人也、聽其言而觀其行、於予與改是。

書き下し文
宰予(さいよ)、昼寝(ひるい)ぬ。子曰わく、朽木(きゅうぼく)は雕(ほ)るべからず、糞土(ふんど)の牆(かき)は朽(ぬ)るべからず。予(よ)に於(おい)てか何ぞ誅 (せ)めん。子曰わく、始(はじ)め吾(われ)人に於(お)けるや、其(そ)の言(げん)を聴きて其の行(こう)を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を観る。予に於てか是(これ)改(あらた)む。

英訳文
Zai Yu took a nap without learning during the daytime. Confucius said, “We cannot carve on a rotten wood. We cannot make a mud wall with rotten mud. How can I discipline Zai Yu? I believed in their acts by hearing their word at first. Now I watch their acts by hearing their word. Zai Yu’s acts taught me this thing.”

現代語訳
宰予(さいよ)が勉強もしないで昼寝をした。孔子は、
「腐った木を彫る事は出来ない。腐った土で土塀は作れない。どうやって宰予を叱れば良いだろうか? 私は始め人の言葉を聞いてその行動を信じた。しかし今は人の言葉を聞いたらその行動を見守る様になった。宰予のおかげで改めたのだ。」
とおっしゃいました。

Translated by へいはちろう

宰予(さいよ:姓は宰、名は予、字は子我。詳細は八佾第三の二十一に。)

勉強さぼって昼寝をしていたら怒られて当然でござるが、この様に孔子と言う偉人によって叱責された事により後世に汚名を残す事になるとは多少の同情を禁じえないでござるな。

しかしここで孔子の偉業の一つがまた明らかになるのでござる。それは春秋(歴史書)を著し君主に後世の評判と言う手錠をかけた事でござる。君主は権力が強ければ強い程どんな無茶でも出来る。暴虐の限りをつくした君主は歴史に枚挙のいとまが無いのでござるが、どんな暴君でも不老不死とは成れず死後の評判を権力によって縛る事は出来ないのでござる。

もちろん「歴史書とは時の権力者が自分に都合の良い事を書く物」と言う解釈もあるのでござるが、中華大陸においては歴史はすでに「信仰」の領域に達しており、宮刑を受けてまで史記を書いた司馬遷(しばせん)や君主の悪事を公式記録に残して死罪を受けたが記録を断じて書き換えなかった記録官のエピソードなどが伝わっているのでござる。現代で言うジャーナリズムの役割を担っていた訳でござるが、それらに大きな影響を与えたのが孔子でござる。

まぁ長い中国大陸の歴史には他人の評判など全く意に介さない破格の暴君も登場するのでござるが、史記の著者である司馬遷の父であり漢初期の偉大な歴史家・思想家である司馬談(しばだん)が司馬遷に史記を書くように遺言した言葉が以下でござる。

「我らの先祖は周室の太史(天文・祭祀・暦法などを司り記録する重職)であった。その前からも虞夏(殷の前の王朝)の時代に功名をあらわして以来、天文を司って来た。その後中ごろから衰えた。その伝統も私の代で終わるのだろうか?お前がまた太史になったならば、先祖の伝統をついでくれ。天子(武帝)は千歳の皇統をつぎ、泰山で封禅の礼を行っている。それなのに太史である私はその行事に参加することができない。ああ、何たる不名誉。私が死んだらお前は必ず太史になるだろう。太史になったら私が残そうとした事業の事を忘れないでくれ。孝というものは親に仕えるのが初めで、君に仕えるのが中ごろで、身を立てるのが終わりだ。名声を後世までも挙げて、父母の名を後世に残す事は、孝行の中でも大なるものだ。 ~中略~ 孔子は古い礼楽を修め、見捨てられていた学問を復興し、詩経、書経を論じて春秋をつくった。学者はいまに至るまでこれに則っている。その偉業も長い戦乱によって中断してしまっていたが、今漢が興隆して天下は統一されて明主、賢君あり、また忠臣で義に死んだものもある。私は太史でありながら、それらについて評論、記載せず、天下の史文を廃絶してしまったのだ。私はこの事がとても心残りなのだ。どうか私の心中を察してくれ」

こうして司馬遷は涙を流して史書を書き表す事を父に誓い、太史となった。

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孔子の論語 公冶長第五の九 回や一を聞きて以て十を知る、賜や一を聞きて以て二を知る

孔子の論語の翻訳101回目、公冶長第五の九でござる。

漢文
子謂子貢曰、女與囘也孰愈、對曰、賜也何敢望囘、囘也聞一以知十、賜也聞一以知二、子曰、弗如也、吾與女弗如也。

書き下し文
子、子貢(しこう)に謂いて曰わく、女(なんじ)と回(かい)と孰(いず)れか愈(まさ)れる。対(こた)えて曰わく、賜(し)や、何ぞ敢(あえ)て回を望まん。回や一を聞きて以て十を知る。賜や一を聞きて以(もっ)て二を知る。子曰わく、如(し)かざるなり。吾(われ)と女と如かざるなり。

英訳文
Confucius asked Zi Gong, “Which of you and Yan Hui is superior?” Zi Gong replied, “I am inferior to Yan Hui. He can understand whole story at the beginning. I can understand only one fifth of the story at the beginning.” Confucius said, “I’m also inferior to Yan Hui. Both you and I are inferior to Yan Hui.”

現代語訳
孔子が子貢(しこう)に尋ねました、
「お前と顔回(がんかい)とどちらが優れているか?」
子貢は、
「私など彼にとても及びません。彼は一を聞いて十を知る事が出来ますが、私は二を知るくらいがせいぜいです。」
と答え、孔子は、
「そのとおり、私もとても顔回には及ばない。私たちはとても彼には及ばないのだ。」
とおっしゃいました。

Translated by へいはちろう

子貢(しこう:姓は端木、名は賜、字は子貢。孔門十哲の一人。弁舌に優れ弟子の中で最も社会的に成功した。魯及び衛の宰相(政務全てを司る要職)を務め、魯が斉から攻め込まれようとした時には斉・呉・越・晋へ赴き各王を説得して当時の覇者であった呉と斉・晋・越を戦わせた。結果呉は滅び越が覇者となり魯は戦に巻き込まれなかった。史記の貨殖列伝に名を残すほどの商才の持ち主。)

顔回(がんかい:姓は顔、名は回、字は子淵。孔門十哲の一人。出世や名誉を求めず質素な暮らしに甘んじ、ひたすらに孔子の教えを学び実践する生活を送った。孔子は弟子の中で最も顔回を評価していたが、若くして病で死亡する。孔子は彼の死を聞いたとき、「あぁ、天は我を滅ぼせり。」と嘆いたと言う。)

さて「一を聞いて十を知る」の元となった今回の文でござるが、孔子の弟子の中でもこの二人の対比はとても面白いので少し思考を膨らませてみようと思うでござる。

子貢は上記の通り、弁舌に優れた異才でござる。孔子の名が大きすぎるため過小評価されがちでござるが、縦横家顔負けの大活躍で呉越の戦い(呉越同舟・臥薪嘗胆などの原典)に大きな役割を演じているのでござる。当時の孔子及び儒学の名声は子貢の活躍に負う所が大きかったとの評価もあるくらいでござる。しかしそれだけの才能を持ちながら弁舌が巧みすぎる点や実利を得る事に巧み過ぎる点が孔子にとっては残念であったのでござろう。

顔回は上記の通り、ひたすらに孔子の教えの実践を求めた求道者でござる。儒学を興隆させて乱れた世を救わんと重い使命を自らに課して、時には現実社会との摩擦に苦悩していた孔子にとっては、顔回のあり様は理想の人間像に見えた事でござろう。出世や富を求めず多くを語らず、質素な暮らしでひたすらに学問に徹する姿はある意味において老荘思想にも通じる部分があり、既に学問や思想を超える存在でござる。

つまり子貢は儒学の現実社会における有益性を表しており、顔回は儒学の思想的清潔さを代表していて儒学をささえる車の両輪みたいなものでござる。子貢的な人間ばかりでは世の中は実利を求める者ばかりになるし、顔回的な人間ばかりでは世の中に何も益する所が無い。ここへ来てあらためて孔子の偉大さがよく解るのでござる。

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