学問のすすめ 二編 段落四 その一 是即ち政府と人民との約束なり

学問のすすめの翻訳、二編 段落四 その一でござる。

現代語訳

 これは士族と平民を一人づつ見た場合の不公平さなのだが、これを政府と人民との関係で見てみるともっとひどい事がある。かつて幕府はもちろんの事、全ての大名の領地にもそれぞれ小さな政府を立てて、百姓や町人を勝手に取り扱っていた。時には慈悲があるように見える事もするけれども、実際には領民が生まれ持っているはずの権利を認める事はなく、見るに堪えない事も多かった。

そもそも政府と人民との関係は、前にも言った通り、ただ強いか弱いかの違いがあるだけで、権利の観点からはまったく同じである。百姓は米を作って人を養い、町人は物を売買して世の中の役に立っている。これが百姓や町人の商売である。

これに対し政府は法律を作って悪人を罰して善人の生活を守る。これが政府の商売である。この商売をするには莫大な経費が必要となるけれども、政府には米も金もないので、百姓や町人から年貢や税金を払ってもらって政府の財政を賄おうという事で、お互いに相談しあって約束を取り決めたのだ。これが政府と人民との約束である。

だから百姓や町人は年貢や税金を払って法律を守ってさえいれば、その義務を十分に果たしていると言える。政府は集めた年貢や税金を正しく使用し、人民の生活を守りさえすれば、その義務を十分に果たしていると言える。こうしてお互いがそれぞれの義務を果たして約束を破る事がなければ、これ以上何も言う必要もないはずであり、それぞれが自分の権利を主張して、それを妨害する理由もない。

英訳文

These are the unfairness between samurais and commoners. But between the government and the people, there were more ugly things. Needless to say about the shogunate, each feudal lord had his small government and treated its people selfishly. Sometimes, they showed mercy to their people. But actually, they never admitted that the people have their rights, and there were a lot of ugly things.

In the first place, between the government and the people, as I said before, there is only the difference of power and no difference of rights. Farmers feed people by making rice and merchants help people by trading goods. These are their business.

The government protect its people by making laws and punishing criminals. This is the government’s business. Although this business needs a lot of money, it cannot make rice or money by itself. So the government and the people discussed each other and made the agreement that the people pay taxes to support the government finances. This is the contract between the government and the people.

Therefore, if the people pay taxes and obey the law, they are fulfilling their duties enough. If the government uses the taxes properly and protects its people, it is fulfilling its duties enough. Because both of them are fulfilling their own duties, they should not require each other any more. Both of them can assert one’s rights and there is no reason to violate the rights.

Translated by へいはちろう

今回はいわゆる社会契約という考え方のお話でござるな。社会契約的な考え方自体は古くはギリシャ哲学にも垣間見られるのでござるが、もちろんここではホッブスやジョン・ロックやルソーなどに連なる近代的社会契約説を前提としているのでござろう。

ここで重要なのは政府と人民の関係をそれまでの支配・被支配ではなく、対等な契約関係として扱っている事でござる。この事が当時の人々にとってどれほど画期的で衝撃的であったか想像すると感嘆を禁じ得ないでござるが、同時に当時の読者のうちどれほどの人々が正しく理解していたのかについても疑問が生じるでござるな。

学問のすすめの原文・現代語訳・英訳文をまとめて読みたい方は本サイトの 学問のすすめを英訳 をご覧くだされ。