学問のすすめの翻訳、初編 段落四 その一でござる。
現代語訳
既に述べた通り、一人の個人も一つの国家も、天の道理によって何者にも束縛されず自由なものであるから、もし国家の自由を妨げようとする者があれば世界中の国々を敵に回しても恐れる必要はないし、個人の自由を妨げようとする者があれば政府の役人に対しても遠慮する必要はない。まして現在では士農工商の四つの身分が平等という基本ができたのだから、安心してただ天の道理に従って思う存分行動すると良い。しかしながら、人間である以上それぞれに社会的役割というものがあるから、その役割に見合った能力と人徳を身につけなければならない。能力と人徳を身につけるには物事の道理を知らなければならず、物事の道理を知るには学問をしなければならない。だから現在学問が緊急に必要とされているのである。
近頃の様子を見ると、農工商の三つの身分は以前に比べて百倍も地位が上がり、士族と肩を並べるほどの勢いがある。これら三つの身分であっても能力と人徳に優れていれば、政府に採用される道も開けている。だからその社会的役割をよく考え、自らの責任の重さを自覚して、卑劣な事はしないようにしなければならない。
およそこの世の中で学の無い民衆ほど哀れで憎むべきものはない。知恵の無いのが極まると恥を知らなくなり、自らの無知によって貧乏になる。そして飢えと寒さに苦しむようになると、自ら反省をせずにいたずらに金持ちを恨んだり、ひどい者になると集団で暴動を起こしたり略奪に走ったりする。これは恥知らずな行為であり、法を恐れぬ行為である。世の中の法律を頼りにその身の安全を保って生活を営んでいながら、頼る時だけはありがたがって、自分の欲望のためには平気でその法を破るとは、矛盾していないだろうか。
また家柄の良い家に生まれてそれなりの財産を持ってる者も、貯蓄をする事だけ知っていながら自分の子や孫を教育することを知らないでいる。教育を受けなかった子供達が愚か者に育ったとしても不思議な事ではない。そして遊びほうけてやりたい放題するようになり、代々受け継いできた財産を失ってしまう者も少なくない。
英訳文
As I said before, a man and a nation are free. If there are countries that violate national independence, you don’t have to be afraid of even all countries around the world. If someone violates your freedom, you don’t have to be afraid of even governmental officers. Four categories of the people are equal now, so you don’t have to be worried and you can do as you wish, as long as you follow Heaven’s reason. But everyone has their position and must have proper ability and virtue for each position. If you want to improve your ability and virtue, you have to know the reasons of things. If you want to know the reasons of things, you have to learn. This is the reason that learning is urgently required now.
Recently, positions of the people of three categories, farmers, artisans and tradesmen, have been raised hundred times, and some of them rival warrior class now. If you have enough ability and virtue, you can become a governmental officer. So you have to consider the position, know your responsibilities and must not perform evil deeds.
Ignorant people are the most pitiful and nuisance in the world. They have no shame because they have no wisdom. They become poor by their ignorance. When they suffer extreme poverty, they blame the rich instead of themselves. Some of them riot and plunder in a group. This is a shameless act against law. Although they live peacefully under the protection of the law, when it becomes inconvenient, they violate the law for self-interest. This is inconsistent, isn’t it?
Even rich people from a good family only know saving money and don’t know educating their children. There is no wonder those uneducated children become foolish. In due course, a lot of them indulge in dissipation and become bankrupt.
Translated by へいはちろう
江戸時代おける日本の教育水準は意外と高く、特に識字率において欧米と比べても劣るどころか世界一のレベルであったという事を知っている御仁も多いでござろう。事実として江戸時代に生まれた娯楽や文化が現在でも通用するように、決して当時の日本人の文化水準が低かったわけではないでござる。
しかし福沢諭吉が問題にしているのは自由独立の精神文化や自然科学の分野でござるな。自伝の中で「門閥制度は親の敵」と言い、子供の頃には好奇心から神社の御神体にいたずらをした事もあるような人物でござるから、権威に対して盲目的に服従する民衆はすべて愚か者に見えたのでござろう。ただこれは厳しいようでありながら在野の啓蒙家ならではの視点で、これがもし為政者の立場だったならば民衆は愚かな方が統治がしやすいと言う考えに傾いていたかも知れないでござるな。
学問のすすめの初編が発行された1872年から現在までおよそ150年が経過しているわけでござるが、自然科学の分野においては日本も世界一流の国家になったと言っても過言ではないでござろう。しかし哲学などの人文科学、政治経済学などの社会科学の分野では果たしてどうでござろうか。古い書物を翻訳している拙者が言うのもおかしな話でござるが、日本人はこれらの分野においては少々保守的に過ぎる傾向があるのやも知れないでござるな。
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