学問のすすめ 二編 段落四 その二 法を設て人民を保護するは、もと政府の商売柄にて当然の職分なり

学問のすすめの翻訳、二編 段落四 その二でござる。

現代語訳

それなのに幕府の治世では、政府の事を「御上様」と呼んで、御上の御用という事であれば、やたらとその威光を振りかざすだけに留まらず、道中の宿屋でもただ食いしたり、渡し場でも渡し賃を払わず、労働者に賃金も与えず、ひどい時には御用を受け持つ侍が労働者をゆすって酒代をたかったりまでしていた。言語道断である。

あるいは殿様の思い付きで建物を建てたり、役人が勝手に余計な事をしたりして、無駄に金を使って資金が不足すれば、いろいろと言葉を飾り立てて年貢を増やし、御用金という名の税金を取り立て、これを「御恩に報いる」などと言う。

だいたい御恩とは何を指して言うのか。百姓や町人が安心して家業を営み、盗賊や人殺しの心配をせずに生活できる事を、政府の御恩と言っているのである。確かに人民が安心して生活できるのは政府が法律を定めているからではあるが、法律を定めて人民を保護する事は、もともと政府の商売であり当然の義務である。これを御恩などと呼んではいけない。

政府がもし人民の生活を守る事を御恩と呼ぶのならば、百姓や町人は政府に対して年貢や税金を払っている事を御恩と呼ぶべきである。政府がもし人民の訴訟を「御上の迷惑」と呼ぶのならば、人民の方でも「十俵作った米のうちから五俵の年貢を取られる事は、百姓にとって大変な迷惑です」と言ってやるべきである。

しかしこのように売り言葉に買い言葉を返していてはキリがない。ともかく、お互いに等しく恩恵を受けているという間柄であれば、一方からだけ礼を言って、もう一方より礼を言わないというのは理屈に合わない事なのだ。

英訳文

However, in the Edo period, the people called the government “the lord”. When it came to the lord’s business, samurais were not only arrogant. They rode river ferries and hired manual workers without paying a penny. Moreover, some samurais sponged on the workers for money to drink. It’s outrageous, isn’t it?

And, when feudal lords built a building on a whim or the government officials did needless things and then they got short of funds senselessly, they imposed more taxes on the people by flowery words. They called this “repaying the debt to the country”.

So, what is “the debt to the country”? They said it was a debt that the people could live peacefully without being worried about robbers and murderers. Of course, the people can live peacefully thanks to the laws by their government. But it is the government’s business to make laws and protect its people. They are obligations of the government, not the people’s debt.

If the government call the protection to its people a “debt”, the people also should call their taxes a debt. If the government call lawsuits by the people its nuisances, the people also should say, “it is a big nuisance for farmers that the government imposes 50 percent tax on our rice crop.”

But this is like “one ill word asks another” and there is no end. Anyhow, if they are in a relationship to help each other, there is no reason that one should thank the other unilaterally.

Translated by へいはちろう

自伝の中で「門閥制度は親の敵」とまで言ってる福沢諭吉は武士に対しても一切の容赦がないでござるな。拙者自身も含め、時代劇や時代小説などが好きな御仁は武士に対して「清廉潔白」だとか「忠義に厚い」とかいったイメージを漠然と持っている方も多いと思うのでござるが、これはある意味では正しく、ある意味では完全に誤りでござる。

時代が違えば価値観も違うと言ってしまえばそれまででござるが、福沢がここで指摘しているような事は慣習として平気で行われていたのでござろう。時代劇では悪者だけが賄賂を受け取っているように描かれるでござるが、当時賄賂は今でいう手数料のような感覚で多くの人々の間でやり取りされていたのでござる。悪いとされるのは法外な額の賄賂を要求したりした場合で、それ以外は賄賂を支払わない事の方がむしろ非常識とさえされていたでござるよ。

そういう事を踏まえたうえで今回の文を読むと、福沢諭吉がまったく新しい価値観を広めるためにいかに苦心したか良く解るような気がするでござるな。

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