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学問のすすめ 三編 段落七 独立の気力なき者は、人に依頼して悪事を為すことあり

学問のすすめの翻訳、三編 段落七でござる。

現代語訳

第三条 独立の気力を持たない者は、他人の力を借りて悪事を働く事もある。

 旧幕府の時代には名目金といって、御三家などと呼ばれる権威の高い大名の名を借りて金を貸し、無茶な取引を強要する事があった。その所業ははなはだ憎むべきである。自分の金を貸してもし返さない者があれば、繰り返し政府に訴えるべきなのだ。それなのに政府を恐れて訴えを起こす事もせず、卑劣にも他人の名を借り、その権威をかさに返金を迫るとは卑怯な事ではないか。今日では名目金の話を聞く事はないけれども、世間にはもしかしたら外国人の名を借りる者がいるかも知れない。私にはその確証が無いので、これを事実として論じる事はできないけれども、過去の事実を思えば今の世の中にも疑念を生じざるを得ない。

将来、万が一にも外国人達が国内で自由に暮らす様になったりした場合、その名を借りて悪事を働く者があれば、国家の大きな災いとなるのは言うまでもない。だから独立の気力を持たない人民は、その取扱いが楽だなどと油断してはいけない。災いというのは思わぬ所から起きるものである。国民の持つ独立の気力が小さければ小さいほど、彼らが外国人におもねって国を売る可能性もそれだけ大きくなる。これがつまり上で述べた、他人の力を借りて悪事を働くという事である。

英訳文

Article 3 – A person who doesn’t have the spirit of independence may do wrong by taking advantage of another person’s authority.

While the shogunate ruled this country, some people were forcing unreasonable deals on others with the authority of powerful feudal lords, like the Three branches of the Tokugawa clan. They lent money by using another person’s name. It was very hateful deed. If there is someone who doesn’t pay back his debt, you should bring a lawsuit repeatedly. But they were too afraid of the shogunate to make a lawsuit. So they were forcing payback with another person’s name and its power. How cowardly they were. Today I don’t hear a story of such a thing. But I wonder if there is someone who uses foreign people’s name. I don’t have any evidence and cannot argue definitely. But when I recall the past, I cannot help suspecting.

In the future, if foreign people lived in Japan freely, someone would do wrong by taking advantage of their names. It should cause a national problem. So you should not let your guard down when the people don’t have the spirit of independence even if it is convenient for you. A problem always happens unexpectedly. The less the people have the spirit of independence, the more the people flatter foreign people and sell the country. This is what I said above, “To do wrong by taking advantage of another person’s authority.”

Translated by へいはちろう

「虎の威を借る狐」が卑劣な事であり、これを放置すれば後に大きな災いとなるというのは良く解るのでござるが、その例えとして名目金を持ち出した事には少々疑問を感じざるを得ないでござるな。

名目金(みょうもくきん)というのはもともとは大きな寺社などが、建物の修復などの「名目」のために金を貸して利殖したものでござるが、これに幕府が特別な保護を与えたために、後々に裕福な商人が幕府の保護を受けられる寺社・公家・大名などに対し手数料を支払ってその「名目」を借り、武士や庶民に高利で金を貸すようになったものでござる。

幕府や藩から支給される蔵米を担保に商人から金を借りて生活していた下級武士などは、その高い利率に大いに苦しめられていたそうでござるが、この問題の責任をすべて名目を借りる商人を卑怯と呼んで終わらせてしまうのはあまりに乱暴というものでござろう。事実、寛政の改革の時に出された棄捐令によって武士の借金は一部帳消しにされ、また利率も下げられ武士達は一時的には大喜びしたものの、結局その後は以前のように金を借りる事ができなくなり、却って武士の生活は困窮したそうでござる。

下級武士や庶民に対して憎むべき卑劣漢の例として出すにはさぞかしちょうど良かったのであろうと推測するのは簡単でござるが、個人的には名目金に関しては幕府の金融政策の方こそが問題となるべきだと考える次第でござる。

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学問のすすめ 三編 段落六 そのニ 斯る臆病神の手下共が、彼の大胆不敵なる外国人に逢て、胆をぬかるゝは無理ならぬことなり

学問のすすめの翻訳、三編 段落六 そのニでござる。

現代語訳

かつて日本が鎖国していた頃の、旧幕府のような窮屈な政治を行う時代には、人民に気力が無くとも政治上の問題となるばかりか、かえって逆に大変都合が良かったために、役人達は人民に余計な知識を与えず、無理矢理に従順な状態にしてそれを得意がっていのだが、外国と交易をする様になった今日においては、この事が大きな問題となる。

例えば今、田舎の商人達が外国人と交易をしようと恐る恐る横浜にやって来たとする。すると彼らはまず外国人の大きな体格に驚き、彼らの持つ財産に驚き、その商館が巨大である事に驚き、蒸気船の速さに驚き、すっかり怖気づいてしまう事となる。そして実際に外国人と取引をする段になると、彼らの駆け引きの上手さに驚き、また無茶な要求を持ちかけられたりすれば、ただ驚くばかりでなくその威信に恐れおののき、無茶と知りながらも多大な損失を引き受け、大きな恥辱を被る事となる。

これは一個人の損失ではなく、国家の損失である。一人の恥辱ではなく、国家の恥辱である。馬鹿らしい事の様に思えるかも知れないが、先祖代々独立の気を養う事の無かった町人根性、武士には窘められ、裁判所には叱られ、一人扶持しか持たぬ足軽さえも旦那様と呼んで崇めていたその性根は腹の底まで腐っており、一朝一夕に変えられるものではない。この様な臆病神に取りつかれた者たちが、大胆不敵な外国人に会った時、胆を抜かれてしまうのは無理もない事である。これがつまり、国内で独立した地位を得る事ができない者は、国外で外国人と接する時にもまた独立の権利を主張する事はできないという事の証左である。

英訳文

Once, while Japan was isolated and the shogunate ruled the people tightly, the obedience of the people did not cause any problems. On the contrary, it was rather convenient for the shogunate. So the officials made the people ignorant and took advantage of their obedience. But Japan trades with foreign countries now and these things cause a big problem.

For instance, when a merchant from the country went to Yokohama in order to trade with foreign countries, he would be shocked by robust physique of foreign people, their money, the size of their office and the speed of their steamship, and he would be discouraged. Then when he did business with them, he would be shocked by their sharpness. If they pressured him unreasonably, he would be not only shocked but also frightened by their pressure and would accept the big loss with knowing it was unreasonable. It would humiliate him a lot.

This is not just one person’s loss, it’s a national loss. It is not just one person’s humiliation, it’s a national humiliation. You may think this is absurd. But the common people’s nature transmitted from generation to generation cannot change in a short time. Because they had been reproached by sumurais, scolded by the courts, they had been humble even to the lowest foot soldiers and their spirits have been rotten at the core. It is understandable that such coward people get frightened by bold foreign people. This is the proof that a person who cannot obtain the position of independence domestically also cannot claim the right of independence internationally.

Translated by へいはちろう

武士だけでなく町人達に対しても容赦のない物言いをする福沢諭吉でござるが、実に的を射た内容でよくよく考えさせられるものがあるでござるな。

現代日本は貿易立国と呼ばれるだけあって、国民生活のあらゆる分野で対外貿易に依存している事はご存知の通りでござる。そして事実日本が世界有数の経済大国としての地位の一角を占めてるからには、それだけ多くの人々が貿易業務の現場でがんばってくれている事の証左と言っても過言ではないでござろう。

古い儒教的価値観だとこういう職業は軽視されがちで現代日本でもその傾向が見受けられるでござるが、たまにはこういう分野で働く人々の事に思いを巡らせるのも良いかも知れないでござるな。

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学問のすすめ 三編 段落六 その一 内に居て独立の地位を得ざる者は、外に在て外国人に接するときも亦独立の権義を伸ること能わず

学問のすすめの翻訳、三編 段落六 その一でござる。

現代語訳

第二条 国内で独立した地位を得る事ができない者は、国外で外国人と接する時にもまた独立の権利を主張する事はできない。

 独立の気力を持たない者は必ず他者に依存する。他者に依存する者はまた必ず他者を恐れ、他者を恐れる者はまた必ず他者に媚びへつらうものである。常に他者を恐れ媚びへつらう者は次第にその事に慣れて、面の皮も厚くなって恥ずべき事すら恥じなくなる。言うべき時に言うべき事を言わず、他者を見ればただ頭を下げるだけである。いわゆる「習い、性となる」とはこの事で、一度それが身についてしまうとこれを改めるのは簡単ではない。

例えば今、日本では全ての平民が苗字を持ち、馬に乗る事も許され、裁判所での扱いも変わり、表向きには士族と同等の地位を得たように見えるけれども、これまでに身に付いた習慣はすぐに変わるものではない。性根の部分では依然として昔のままの平民と同じで、言葉づかいや態度は卑屈なままで、目上の人間の前ではたった一言の理屈を述べる事さえできず、立てと言われれば立ち、踊れと言われれば言われるがままに踊り、その従順な有様はまるで飼い犬の様である。まったく無気力であるが故の恥知らずと言うべきである。

英訳文

Article 2 – A person who cannot obtain the position of independence domestically also cannot claim the right of independence internationally.

A person who doesn’t have the spirit of independence certainly depends on others. A person who depends on others is certainly afraid of them. A person who is afraid of others certainly flatters them. A person who is always afraid of others and flatters them accustoms himself to do it little by little and comes to be shameless. He cannot say anything when he should say and can only bow to others. This is what is called, “Habit is second nature.” And you cannot mend your habits easily.

In Japan now, the common people are allowed to have their family name and to ride on horses. The courts’ treatment of them has changed and they are treated equally as samurais apparently. But their habits haven’t changed drastically. The common people’s nature is the same as before. Their speech and manners so humble that they cannot deliver an opinion in front of superiors. They stand up and dance as they are told. They are obedient as if they were lean house dogs. How helpless and shameless they are.

Translated by へいはちろう

明治になったばかりの平民の実態がどの様であったかは福沢諭吉が自伝でも書いているでござるな。ただし、そのエピソードをよくよく考えてみると、試みで悪気は無いとはいえ見知らぬ平民に対して無礼としか言えない行為を躊躇なくする福沢自身も江戸時代の慣習が抜けきっていない様にも見えるでござる。「習い、性となる」とは何も平民に限った事ではなかった様でござるな。

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学問のすすめ 三編 段落五 駿河の人民は唯義元一人に依りすがり、その身は客分の積りにて、駿河の国を我本国と思う者なし

学問のすすめの翻訳、三編 段落五でござる。

現代語訳

 かつて戦国の時代に、駿河の今川義元が数万の兵を率いて織田信長を攻めようとした時、信長は策を講じて桶狭間に兵を伏せ、今川の本陣に突撃して義元を討ち取った。すると残った駿河の軍勢はまるで蜘蛛の子を散らす様に、戦いもせずに逃走し、当時その勢力を誇った今川家も瞬く間に跡形もなく滅亡してしまった。

つい二、三年ほど前のフランスとプロイセンの戦争の時は、緒戦において両国は激しく戦い、フランス皇帝ナポレオン三世がプロイセンの捕虜となった。しかしフランス人はこれで希望を失わなかっただけでなく、ますます奮起して防戦し、戦場に骨をさらして血を流し、数か月の籠城戦の後にようやく和睦に応じたけれども、フランスは以前と変わらぬまま国家を存続させる事ができた。

今川とフランスはまったく違う結末を迎えたけれども、その理由はなんであろうか。駿河の人民はただ君主である義元一人に依存し、自分は客人のつもりで、駿河を自分の大切な国だと思う者がいなかった。それに比べてフランスには報国の心を持った人民が多く、国難を自分の問題として受け止め、誰に強制される訳でもなく、自分から国のために戦う者が多かったから、これほどの違いが生じたのだ。

こうして見ると、外国に対して自国を守ろうとする際には、独立の気力のある国民は国家の事を真剣に考え、独立の気力の無い国民は真剣には考えないという事が解る。

英訳文

In the Sengoku period, when Imagawa Yoshimoto of Suruga invaded Owari with tens of thousands of troops, Oda Nobunaga of Owari ambushed them at Okehazama, assaulted the Imagawa headquarters and killed Yoshimoto. Then Imagawa troops routed without a fight and the prosperous Imagawa government fell without a trace in a short time.

Just a few years ago, in the beginning of the Franco-Prussian War, French Emperor Napoleon III was captured by Prussian troops. But French people didn’t give up, on the contrary, they roused themselves and fought at the risk of their lives. After some months siege, they concluded a peace with Prussia, but France survived as before.

Why did Imagawa and France reach different conclusions? All the people of Suruga depended on Yoshimoto, considered themselves as guests and nobody consider Suruga as their own country. On the other hand, France had a lot of patriotic people. They considered its problems as their own problems and fought for their country voluntarily. This is why they reached such different conclusions.

Therefore, when you defend your country from foreign threats, you can easily imagine that the people with the spirit of independence take their country to heart and the people without the spirit of independence don’t.

Translated by へいはちろう

フランスとプロイセンの戦争(普仏戦争)が行われたのは1870年7月19日から1871年5月10日にかけての事でござる。学問のすすめの第三編が書かれたのが1873年12月の事でござるから、ちょうど2~3年前という事になるでござるな。

日本人にも馴染みの深い日本史の出来事と比較して、封建国家と国民国家の人民の国家に対する忠誠心の違いを説明しようとしたと思うのでござるが、ここで勝者であるプロイセンに注目しないところが福沢諭吉の知識人としてのある種の限界を露呈している様にも思えるでござるな。あるいは解っていて故意に触れていないのか。

フランス革命により封建国家から国民国家へと生まれ変わったフランスは、ナポレオン戦争によって民族主義をヨーロッパ全土へと広める結果を生んだ。ナポレオン戦争以前にはおよそ300の君主国に分裂していたドイツでも、これにより統一の機運が高まり、その中でも大国であったプロセンセン王国の首相、オットー・フォン・ビスマルクの主導で始められたのがこの普仏戦争でござる。

そして普仏戦争の大勢が完全に決した中、1871年1月18日にドイツ帝国が成立する訳でござるが、鉄血宰相の異名を持つビスマルクは後に、「統一ドイツが出来上がるためには、その前に普仏戦争が起こらねばならない事は分かっていた」と述べており、簡単に言うとドイツ人民のナショナリズムを煽動するために共通の敵としてフランスを利用した訳でござるな。

ヨーロッパにおける国民国家としては後発だったドイツの勝利は、当時の日本政府首脳の興味を大いにそそったのか、その後ドイツ軍を参考にした徴兵による国民皆兵制度・参謀幕僚制・鉄道網を利用した動員制度などが日本にも漸次導入されているでござる。その他、プロイセン憲法を参考にした大日本帝国憲法の制定も含めて、福沢が理想としたであろう日本とは若干違う方向へと実際の日本が進んでいった事は皆さんご存知の通りでござる。

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学問のすすめ 三編 段落四 既にその権義あれば、亦随てその職分なかるべからず

学問のすすめの翻訳、三編 段落四でござる。

現代語訳

 こういう事であるから、外国の脅威から我が国を守るためには、自由独立の気風を全国に充満させて、身分や地位に関係なく国中の人々全員が、国の問題を自分の問題として考え、智者も愚者も、目が見える者も目が不自由な者も、それぞれが国民としての責務を果たさねばならない。

英国人は英国を自分の大切な国と思い、日本人は日本国を自分の大切な国と思う。その国の土地は他国の人間のものではない、自国の人間の土地であるから、国の事を考える時には自分の家の事の様に考え、国家のためには財産を投げ打つだけに留まらず、自分の命を捨てる事さえ惜しむべきではない。これが国家に報いる報国の大義である。

確かに国の政治を行うのは政府であって、人民はその統治下にある存在であるけれども、これは双方の利益のために都合上その役目を分けたというだけの事である。国家全体の名誉にかかわる問題が起きた時には、その国に生きる人民としてその責任を政府だけに押しつけて、ただ傍観していれば良いという事ではない。

すでに日本国の誰それ、英国の誰それと、その姓名の肩書に国の名前が付き、その国で暮らし、その国で自由に行動する権利を得ている。権利があるからには、それに応じた責任もあって当然の事である。

英訳文

Therefore, to defend our country from foreign threats; all Japanese people, both the upper class and the lower class, the wise and the fool, the fit and the disabled, must have the spirit of independence, consider its problems as one’s own problems and fulfill obligations of the people.

English people consider England as their own country and Japanese people consider Japan as their own country. Each country’s territory is not foreign people’s land. It is each country’s people’s land. So the people should consider their country as their own home and serve it at the risk of their life and property. This is how to serve the country.

It is no doubt that the government rules the country and the people are ruled by the government. However, it is only because they share their roles for the convenience of both side. So, to maintain the national honor, we must not just rely on the government and must not be bystanders.

Whether in Japan or in England, the people who have its nationality have the rights and freedom within the country. If you already have the rights, you must have obligations as well.

Translated by へいはちろう

日本語では主権を持った国の事をしばしば「国家」と表現するでござるな。これは人間社会で最も基本的な集団の単位である家族を基準としてその道徳律を構成した儒学の影響であろうと拙者は考える次第でござる。

おそらく当時の日本人でも、国民国家(nation-state) だの社会契約だのと難しい説明をするより、「国家とは言わば一つの大きな家族である」と説明した方が解りやすかったに違いない。それが良かったのか悪かったのか、結果として「報国の大義」は国中に満ちても、「自由独立の気風」は全国に充満する事はなかった点について、もしも福沢諭吉が知ったらどう思うのでござろうか。

ちなみに学問のすすめの原文内に「国家」という単語は、「天下国家」という形で二度しか登場してないでござる。

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