ちょんまげ英語日誌

英語に関するくだらないこと書いちゃうでござる

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  • 孔子の論語の翻訳224回目、子罕第九の十六でござる。

    漢文
    子曰、出則事公卿、入則事父兄、喪事不敢不勉、不爲酒困、何有於我哉。

    書き下し文
    子曰わく、出でては則(すなわ)ち公卿(こうけい)に事(つか)え、入りては則ち父兄に事う。喪(も)の事は敢(あ)えて勉(つと)めずんばあらず。酒の困(みだ)れを為さず、何か我れに有らんや。

    英訳文
    Confucius said, “To serve superiors at work, to serve father and elder brother at home, to attend funerals sincerely and not to be sick from drinking. I take these for granted.”

    現代語訳
    孔子がおっしゃいました、
    「仕事では上司によく仕え、家では父兄によく仕える。葬儀に出れば真摯に弔い、酒を飲んでも乱れない。これらの事は私にとっては当然の事だ。」

    Translated by へいはちろう

    子罕第九の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 子罕第九を英訳を見て下され。

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  • 孔子の論語の翻訳223回目、子罕第九の十五でござる。

    漢文
    子曰、吾自衛反於魯、然後樂正、雅頌各得其所。

    書き下し文
    子曰わく、吾(わ)れ衛(えい)より魯(ろ)に反(かえ)り、然(しか)る後に楽(がく)正しく、雅頌(がしょう)各々(おのおの)其の所を得たり。

    英訳文
    Confucius said, “After I returned from Wei to Lu, the court music and the ritual music have been corrected traditionally.”

    現代語訳
    孔子がおっしゃいました、
    「私が衛の国から魯へ帰国してからだな、魯の宮廷音楽と典礼音楽が本来のあるべき形で演奏されるようになったのは。」

    Translated by へいはちろう

    雅(が)とは宮廷などで演奏される音楽、頌(しょう)とは祭祀などで演奏される音楽で共に詩経に詩が収録されているでござる。孔子は流浪生活の途中で衛に立ち寄った時、衛の国に伝わっていた周の古来の演奏方法などを学んで魯に伝えたということでござる。

    孔子はこのように礼楽に関しては周の伝統に従う姿勢を人生を通して貫いていたのでござるが、孟子には音楽に対する別の考え方が収録されているので紹介させていただくでござる。

    孟子は斉の宣王(せんおう)が音楽を好むと聞いて謁見した時に尋ねた、
    孟子「王は音楽をお好きなようですね」
    宣王「いや、私が好むのは俗っぽい音楽で自慢できるようなものではない」
    孟子「王が音楽を好まれるのは、お国が泰平に近づくしるしです。伝統音楽でも俗っぽい音楽でも同じことです」
    宣王「どういうことだ?」
    孟子「音楽というのは一人で楽しむのと大勢で楽しむのはどちらが楽しいでしょうか?」
    宣王「それはもちろん大勢のほうだ」
    孟子「かりに王が演奏会を催されたとします。それを聞きつけた民衆が眉をひそめながら”王さまは音楽を楽しんでいるというのに、我々の暮らしはちっとも良くならない。おかげさまで家族は離ればなれだ。” このように民衆が王に対して不平をもらす理由はただ一つ、王が民衆と楽しみを分かち合わないからです。もし王が民衆と楽しみを分かち会うならば民衆はこう言うでしょう。”王さまがお元気で何よりだ。お元気でなければ音楽を楽しまれるはずがない。” 音楽を大勢で楽しむように楽しみを民衆と分かち合うのです、そうすれば王は天下を得られるでしょう。」

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  • 孔子の論語の翻訳222回目、子罕第九の十四でござる。

    漢文
    子欲居九夷、或曰、陋如之何、子曰、君子居之、何陋之有。

    書き下し文
    子、九夷(きゅうい)に居らんと欲す。或(あ)るひと曰わく、陋(いやし)きことこれ如何(いかに)せん。子曰わく、君子これに居らば、何の陋しきことかこれ有らん。

    英訳文
    Confucius wanted to emigrate to an uncivilized land. Someone asked, “How about civility? You don’t care?” Confucius replied, “If a gentleman lives there, people will be civilized by him.”

    現代語訳
    (中国では理想が叶えられそうにないので)孔子は未開の国へ移り住みたいと考えていました。ある人が尋ねました、
    「未開の土地の人々は野蛮で粗野ですが、気にならないのですか?」
    孔子は答えました、
    「人格者が移り住み彼らを教化すれば、彼らは文明と礼儀を見につけるでしょう。」

    Translated by へいはちろう

    文明や文化というものは土地ではなく人の精神に宿るというわけでござるな。

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  • 孔子の論語の翻訳221回目、子罕第九の十三でござる。

    漢文
    子貢曰、有美玉於斯、韜匱而藏諸、求善賈而沽諸、子曰、沽之哉、沽之哉、我待賈者也。

    書き下し文
    子貢(しこう)曰わく、斯(こ)こに美玉(びぎょく)あり、匱(ひつ)に韜(おさめ)て諸(こ)れを蔵(ぞう)せんか、善賈(ぜんこ)を求めて諸れを沽(う)らんか。子曰わく、これを沽らんかな、これを沽らんかな。我れは賈(こ)を待つ者なり。

    英訳文
    Zi Gong asked, “If you have a precious stone, will you keep it in a box or sell it to a good customer?” Confucius replied, “I’ll sell it. I’ll sell it. I’ve been waiting for a customer.”

    現代語訳
    子貢(しこう)が孔子に尋ねました、
    「ここに美しい宝玉があったとします。先生はそれを箱にしまってとっておきますか?それとも良い買い手を探して買ってもらいますか?」
    孔子は答えました、
    「売るだろう、売るだろう。私は良い買い手を待っているのだ。」

    Translated by へいはちろう

    子貢(しこう:姓は端木、名は賜、字は子貢。孔門十哲の一人。詳細は公冶長第五の九に。)

    この美しい宝玉は孔子自身の例えでござる。子貢は孔子の教えを実践せずにいるのは惜しいと思って仕官の道を求めてはどうかと勧めたのでござる。

    そして孔子の答えは仕官の道を求めるにしても、こちらからではなく主君に求められて仕官するのが理想だと答えたのでござる。

    渓流で釣りをしているところを文王によって見出された太公望の様な形を理想だと思っていたのでござろうか。ただ実をいうと太公望は文王が自分のところにやって来るように自分の事を暗示した歌を民衆の間に流行らせたりと小細工をしたのでござるが。(当時の中国では民衆の間に流行る不思議な歌は天の啓示だと思われていた)

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  • 孔子の論語の翻訳220回目、子罕第九の十二でござる。

    漢文
    子疾病、子路使門人爲臣、病間曰、久矣哉、由之行詐也、無臣而爲有臣、吾誰欺、欺天乎、且予與其死於臣之手也、無寧死於二三子之手乎、且予縦不得大葬、予死於道路乎。

    書き下し文
    子の疾(やまい)、病(へい)なり。子路(しろ)、門人(もんじん)をして臣たらしむ。病、間(かん)なるときに曰わく、久しかな、由(ゆう)の詐(いつわ)りを行うや。臣なくして臣ありと為す。吾れ誰をか欺(あざむ)かん。天を欺かんか。且(か)つ予(わ)れ其の臣の手に死なんよりは、無寧(むしろ)二三子(にさんし)の手に死なんか。且つ予れ縦(たと)い大葬(たいそう)を得ずとも、予れ道路に死なんや。

    英訳文
    Confucius had got a critical illness. Zi Lu made other pupils pretend to be Confucius’s vassals. When illness was better, Confucius said, “Have you been deceiving for a long time? I don’t have any vassals. Who do you want to deceive? Heaven? I would rather be mourned by you as you are. Even if you cannot hold a grand funeral for me, I will not die on the roadside alone.”

    現代語訳
    孔子が病で危篤状態になられました。子路(しろ)は弟子たちに孔子の家来のフリをさせ、孔子の最後を立派に飾ろうとしました。病態が少しよくなった時に孔子はおっしゃいました、
    「私が病で臥せっている間に随分長く偽りを行っていたものだな、家来のいる身分でないのに家来のフリをさせるとは。一体お前は誰を騙そうとしていたのだ、天を騙そうというのか?それに私は家来達に弔われるよりは本来のお前たちによって弔われたい。私は王侯貴族の様な盛大な葬儀をしてもらえなくとも、道端で孤独に死ぬわけではないのだから。」

    Translated by へいはちろう

    子路(しろ:孔門十哲の一人。詳細は公冶長第五の七に。)

    子路らしいエピソードでござるな。生きて政治家として成功できなかった孔子のために、せめて立派な最後を飾らせてあげようとしたのでござろう。

    しかし孔子はそんな子路の気持ちを汲み取りながらも、筋を通す事を諭すのでござる。この場にもし拙者が居合わせたとしたら、涙を留める自信が無いでござる。

    子罕第九の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 子罕第九を英訳を見て下され。

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