孔子の論語の翻訳263回目、郷党第十の二十三でござる。
漢文
色斯擧矣、翔而後集、曰、山梁雌雉、時哉、時哉、子路共之、三嗅而作。
書き下し文
色(いろ)みて斯(ここ)に挙(あが)り、翔(かけ)りて而(しか)して後に集(とど)まる。曰わく、山梁(さんりょう)の雌雉(しち)、時なるかな、時なるかな。子路(しろ)これを共(きょう)す。三たび嗅ぎて作(た)つ。
英訳文
1. “Birds take off by seeing human. They fly about for some time, then they land on the safe place.” Confucius said about this poem, “There is a female pheasant on a mountain bridge. It’s timely. It’s timely.” Zi Lu thought Confucius told him that he wanted to eat it. Zi Lu caught and cooked it for Confucius. Confucius did not eat it but smelled it three times.
2.”Birds take off by seeing human. They fly about for some time, then they land on the safe place.” Confucius said about this poem, “There is a female pheasant on a mountain bridge. It may know timing. It may know timing.” Zi Lu fed it. But it did not eat but smelled food three times, and flied away.
現代語訳
1.「鳥は人を見て飛び立ち、しばらく飛び回って安全な場所へ着地する」
孔子がこの詩を思い出しておっしゃいました、
「山の橋の上に雌のキジがいる。ちょうど良い、ちょうど良い。」
子路は孔子がこのキジを食べたがってると思い、捕らえて調理して孔子にだした。孔子は三度匂いを嗅がれただけで食べずに席から立ち上がられました。
2.「鳥は人を見て飛び立ち、しばらく飛び回って安全な場所へ着地する」
孔子がこの詩を思い出しておっしゃいました、
「山の橋の上に雌のキジがいる。いつ飛び立つかな?いつ飛び立つかな?。」
子路がこのキジに餌をやると、キジは餌の匂いを三度嗅いだだけで食べずに飛び去ってしまいました。
Translated by へいはちろう
子路(しろ:孔門十哲の一人。詳細は公冶長第五の七に。)
1は古注の解釈で、2は新注の解釈でござる。
両方の解釈に共通している事は、孔子が詩を愛されてその情緒を大事にされていたという事でござるな。古注の方では子路がその情緒を理解せずに無粋な真似をしたと解釈していて、新注では逆に場の情緒に彩りを与える行動をしているのが実に面白い違いでござる。
新注の解釈をさらに掘り下げていくと放浪の身であった孔子自身をキジになぞらえて見る事ができるでござるな。各国を転々として理想の実現を追い求めるが理想が適わぬと知ればまた次の国へ旅を続ける孔子は、もしかしたら自分をキジに見立てていつその国を離れるべきか思案していたのではないか?と考えるのは考えすぎでござろうか?
今回で郷党第十は終了し、明日からは先進第十一でござる。
郷党第十の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 郷党第十を英訳を見て下され。