十七条憲法を翻訳 十四に曰く

聖徳太子による十七条憲法の翻訳、第十四条でござる。

原文
十四曰、群臣百寮、無有嫉妬。我既嫉人、々亦嫉我。嫉妬之患、不知其極。所以、智勝於己則不悦。才優於己則嫉妬。是以、五百之乃今遇賢。千載以難待一聖。其不得賢聖。何以治國。

書き下し文
十四に曰く、群臣百寮(ぐんしんひゃくりょう)、嫉妬(しっと)有ること無かれ。我既に人を嫉(うらや)むときは、人また我を嫉む。嫉妬の患(うれ)え、その極(きわまり)を知らず。ゆえに、智(ち)おのれに勝るときは則(すなわ)ち悦(よろこ)ばず。才おのれに優(まさ)るときは則ち嫉妬(ねた)む。ここを以(も)って、五百(いおとせ)にしていまし賢に遇(あ)うとも、千載(せんざい)にして以ってひとりの聖を持つことに難(かた)し。それ賢聖を得ずば、何をもってか国を治めん。

英訳文
All vassals and public officers must not envy others. When you envy others, they also envy you. The evils of envy have no limit. If someone excels you in intelligence, you will be displeased. If someone excels you in talent, you will envy the person. Therefore, we cannot obtain a saint even after 1000 years, though we meet a sage who appears every 500 years. Without a saint and sages, how can we govern the country?

現代語訳
朝廷に仕える官吏たちは、嫉妬の心を抱く事がないようにしなさい。自分が他人を嫉むという事は、自分も他人から嫉まれるという事である。嫉妬が人間関係に与える弊害はとどまる所を知らない。自分よりも賢い人がいれば不愉快に思い、自分よりも才能豊かな人がいれば嫉妬する。そんな事では500年に一度現れるという賢人に会ったとしてもその人を認めず、我々は1000年経っても聖人を得ることは難しいであろう。聖人や賢人を人材として得られなければ、どうやって国を治めていけばよいのか。

Translated by へいはちろう

第四条では人間関係の和を保つために礼を行動の基本に据えよと説いていたのでござるが、ここではより内面的な部分に踏み込んだ内容でござるな。

もとより太子が目指していた官僚制とはいわば能力あるいは人格重視の階級社会でござるから、その弊害として階級社会に慣れていない人々の嫉妬心を助長するという側面もあったのでござろう。太子が小野妹子など身分の低いものを能力によって抜擢すれば、有力豪族たちから反発が起きるのも不思議な事ではござらんな。その反発を抑える、あるいはなだめるために嫉妬の弊害と、有能な人材を抜擢する必要性を説いたのだと思う次第でござる。

“五百にしていまし賢に遇うとも” の部分は、儒学で聖王とみなされている周の文王(BC1152年-BC1056年)から約500年後に孔子(BC551年-BC479年)が出たことから、500年に一度聖人が現れると考えられていた事(孟子 盡心篇)を受けてのものだと解釈されているでござる。たとえ聖人が現れてもその才能を嫉んで妨害するような事があれば、その才能も活躍する場を得られないという事でござるな。

※全条文の英訳を読みたい方は聖徳太子の十七条憲法を英訳をご覧くだされ。