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十七条憲法を翻訳 七に曰く

聖徳太子による十七条憲法の翻訳、第七条でござる。

原文
七曰、人各有任。掌宜不濫。其賢哲任官、頌音則起。姧者有官、禍亂則繁。世少生知。剋念作聖。事無大少、得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此、國家永久、社禝勿危。故古聖王、爲官以求人、爲人不求官。

書き下し文
七に曰く、人各(おのおの)任あり。掌(つかさど)ること宜(よろ)しく濫(みだ)れざるべし。それ賢哲(けんてつ)官に任ずるときは、頌(ほ)むる音(こえ)すなわち起こり、奸者(かんじゃ)官を有(たも)つときは、禍乱(からん)すなわち繁(しげ)し。世に生まれながら知るもの少なし。剋(よ)く念(おも)いて聖(ひじり)と作(な)る。事(こと)大少と無く、人を得て必ず治まる。時(とき)急緩(きゅうかん)と無く、賢に遇(あ)いておのずから寛(ゆたか)なり。これに因(よ)りて、国家永久にして、社稷(しゃしょく)危うからず。故に古(いにしえ)の聖王は、官のために人を求め、人のために官を求めず。

英訳文
Each person has their own duty. You must not abuse your authority. When a wise person is appointed suitable job, applause occurs. When an evil person is appointed some job, calamities occur frequently. There are few wise people by nature. Diligence makes saints. Regardless of the importance, matters will be solved when suitable people do their work correctly. Regardless of the speed of the change of the times, the country will prosper spontaneously when there are sages. Then the country will be free from danger and last forever. Therefore legendary holy kings sought the officers for government posts, and did not invent posts for the officers.

現代語訳
人にはそれぞれの役目というものがあり、自分の役目を超えて職権を濫用してはならない。賢明な人物が役職にある時には、周囲から褒める声があがり、邪な人物が役職にある時には、災いや乱れが頻繁に起こる。生まれながらに道理の解った人間というのは少なく、誰しも思い悩んで聖人となる。事の大小に関わらず、適任の人材が得られれば必ず問題は解決する。時代の変化の速度に関わらず、賢人が現れれば国は自然と豊かになる。これによって国家は長く栄えて滅びを避ける事ができるのだ。だから昔の聖なる王たちは、必要な官職のために人材を求める事はあっても、人材のために不必要な官職を設ける事はなかったのである。

Translated by へいはちろう

官吏たちに対しては自らの職掌を超えて職権を濫用してはならない事、上級官吏に対しては人材登用の原則について説いているのでござるな。

ただ適材適所と一言で言っても実はこれにも色々な考え方があるでござる。たとえば儒学は人材を用いるにあたって能力よりも人格を重視するのでござるが、それに対して法家は人格よりも能力を重視するのでござる。周囲の評判によって賢人を登用しようという考え方は儒学に近く、また邪な人物云々という文からも太子は能力主義ではないように思えるでござるな。太子が十七条憲法を定める前に制定した冠位十二階では、大徳・小徳・大仁・小仁・大礼・小礼・大信・小信・大義・小義・大智・小智という名称がそれぞれの位階につけられており、この事からも太子が儒学的な徳目を官吏たちに求めていたことが伺えるでござる。

太子がお手本にしたであろう中国では、漢の時代に儒学の徳行主義に基づいた郷挙里選制が豪族の勢力拡大を招き、魏晋南北朝時代にかけては能力主義の思想を多少反映した九品官人法が豪族の貴族化を招き、隋の時代に入ると試験によって官吏を登用するという、能力主義の傾向をさらに強化した科挙を採用するのでござる。太子の冠位十二階は九品官人法を参考にしたものでござるが、日本はその後の律令制においてもこの方針を大きく変える事はなかったのでござる。もし太子がもう少し長生きして隋の科挙を日本の政治に採用していたら、その後の日本の貴族文化は今日我々が知るものとは違ったものになっていたかも知れないでござるな。

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十七条憲法を翻訳 六に曰く

聖徳太子による十七条憲法の翻訳、第六条でござる。

原文
六曰、懲惡勸善、古之良典。是以无匿人善、見悪必匡。其諂詐者、則爲覆国家之利器、爲絶人民之鋒劔。亦佞媚者、對上則好説下過、逢下則誹謗上失。其如此人、皆无忠於君、无仁於民。是大亂之本也。

書き下し文
六に曰く、悪を懲(こら)し善を勧(すす)むるは、古(いにしえ)の良き典(のり)なり。ここを以(も)って人の善を匿(かく)すことなく、悪を見ては必ず匡(ただ)せ。其(そ)れ諂(へつら)い詐(あざむ)く者は、則(すなわ)ち国家を覆(くつがえ)す利器(りき)たり、人民を絶つ鋒剣(ほうけん)たり。また佞(かたま)しく媚(こ)ぶる者は、上(かみ)に対しては則ち好んで下(しも)の過(あやまち)を説き、下に逢(あ)いては則ち上の失(あやまち)を誹謗(そし)る。それかくの如(ごと)きの人は、みな君に忠なく、民(たみ)に仁(じん)なし。これ大乱の本(もと)なり。

英訳文
Encourage the good and punish the evil. This is the good rule from ancient times. Therefore praise good deeds and correct evil deeds without fail. Flatterers and liars are effective tools to overthrow the country and are sharp swords to harm the people. Sycophants tell tales about inferiors to superiors and backbite about superiors to inferiors. People of this kind don’t have loyalty to their lord and don’t have love for the people. They are cause of a great confusion of the country.

現代語訳
悪を懲らしめ善を勧める事は、古くからの良いしきたりである。そこで人の善行を隠すことなく、悪行を見たら必ず正しなさい。他人にへつらって嘘を吐く者たちは、国家をくつがえす効果的な道具であり、民衆を傷つける鋭い剣である。また他人におもねり媚びる者たちは、目上に対しては目下の過失を言いつけ、目下に対しては目上の陰口を叩く。このような者たちは、君主に対しては忠誠の心を持たず、民衆に対しては仁愛の心を持たぬものだ。これらは国家の大きな乱れの原因となる。

Translated by へいはちろう

懲悪勧善(勧善懲悪)という言葉は、儒学の経典の一つで孔子の作といわれる歴史書の “春秋” の注釈書である “春秋左氏伝” の中で注釈者である左丘明が、孔子の文章を評して “懲悪而勧善。非聖人、誰能修之。 /(歴史書の短い文章の中でも)悪行を告発し、善行を称揚している。聖人以外の誰にできることであろうか。” と書いているのが原典でござる。

この原典の言葉からも解るように、悪を懲らしめ善を勧める事は凡人には意外と難しい事でござるな。拙者を含めおおかたの人間は、自分にとって都合の良い時だけ悪を非難し、善を称えるものでござる。自分が被害を受けたときに抗議し、恩を受けたら感謝するというのは、人間にとっては自然な事であろうと思うのでござるが、こういう自己中心的な考え方を懲悪勧善とは言わないでござろう。この条文に登場する他人に媚びへつらう者たちも、本人自身は悪気が無くむしろ良い事だと思っているかも知れない。サービス精神が過剰な人の場合はこういう事がよくあるかも知れないでござるな。

聖人と呼ばれる孔子でさえ、論語 八佾第三の十八で他人から “媚びへつらっている” と批判されている事を嘆いているでござるよ。このような事柄はよくよく考えて自戒の種とすべきでござろう。

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十七条憲法を翻訳 五に曰く

聖徳太子による十七条憲法の翻訳、第五条でござる。

原文
五曰、絶饗棄欲、明辨訴訟。其百姓之訟、一日千事。一日尚爾、況乎累歳。須治訟者、得利爲常、見賄廳讞。便有財之訟、如石投水。乏者之訴、似水投石。是以貧民、則不知所由。臣道亦於焉闕。

書き下し文
五に曰く、餐(あじわいのむさぼり)を絶ち、欲(たからのほしみ)を棄てて、明らかに訴訟(うったえ)を弁(わきま)えよ。それ百姓(ひゃくせい)の訟(うったえ)は、一日に千事あり。一日すらなお爾(しか)るを、いわんや歳(とし)を累(かさ)ぬるをや。このごろ訟を治むる者、利を得るを常とし、賄(まいない)を見てはことわりもうすを聴く。すなわち財のあるものの訟は、石をもって水に投ぐるが如(ごと)し。貧しき者の訟は、水を以(も)って石に投ぐるに似たり。ここを以って、貧しき民は由(よ)る所を知らず。臣道またここに闕(か)く。

英訳文
The public officers must suppress their desire for meals and treasures and must deal with suits fairly. There are a thousand complaints by the people in a day. Then how many complaints will be after some years? Recently the officers who manage complaints have made judgments after receiving bribes. Then the suits of the rich are like a stone cast into water and the complaints of the poor are like water cast on a stone. Under the circumstances the poor people cannot rely on anybody. These things are against the way of the public officers.

現代語訳
朝廷に仕える官吏たちは、接待や金品への欲望を捨てて、公正な態度で訴訟に臨みなさい。民衆からの訴えは一日に千件もある。一日でさえこれほどならば、一年ではどれほどの訴訟があるだろうか。それなのに近頃の訴訟に携わる者たちは、賄賂を受け取る事が当たり前となっており、賄賂の額を確認してから訴えの内容を聞いている。それだから裕福な者たちの訴えは、水面に石を投げ込むかのように容易く受け入れられるが、貧しい者たちの訴えは、石の上に水をかけるかのように退けられる。このため貧しい民衆は、誰に頼ったら良いのか解らずにいる。このようなことは臣下の道に反する事である。

Translated by へいはちろう

賄賂の害を説いて公正な態度で業務に当たれとおっしゃっているのでござるな。第一条で太子は和を最も重んじる徳だと言っているのでござるが、日本のみならず人間関係を重んじる文化のあるアジアの国々には伝統的に贈収賄などの汚職が多いのもまた事実でござる。

もちろんどんな社会でも公務に携わる者が賄賂によって職務を私すれば罰を受けるのは当然のことでござるが、身分が上がれば上がるほどこの辺りが曖昧になってしまうのが常でござるな。この条文は朝廷に仕える官吏たちに対して述べているのでござるが、果たして宮廷内部や有力豪族たちはどうであったのか興味が尽きないところでござる。第三条第四条にもあるとおり、下の者は上の者がやることを見習うものでござるから、この条文を読んで当時の官吏たちの腐敗だけを問題とするのは、木を見て森を見ずという事になるやも知れないでござろう。

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十七条憲法を翻訳 四に曰く

聖徳太子による十七条憲法の翻訳、第四条でござる。

原文
四曰。群卿百寮。以礼為本。其治民之本、要在乎礼。上不礼而下非齊。下無礼以必有罪。是以群臣有礼、位次不乱。百姓有礼、国家自治。

書き下し文
四に曰く、群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)、礼を以(も)って本(もと)とせよ。それ民を治むるの本は、かならず礼に在り。上(かみ)礼なきときは、下(しも)斉(ととの)わず、下礼なきときは以って必ず罪有り。ここを以って、群臣(ぐんしん)礼有るときは位次(いじ)乱れず、百姓(ひゃくせい)礼あるときは国家自(おのずか)ら治(おさ)まる。

英訳文
All the ministers and public officers should be based on courtesy. It must be based on courtesy to rule the people. If the public officers are not courteous, the common people are disorderly. If the common people are not courteous, there must be crimes. Therefore when the ministers and officers are courteous, the distinction of classes are not confused. And when the common people are courteous, the country will be in good order spontaneously.

現代語訳
朝廷に仕える官吏たちは、礼を行動の基本としなさい。民衆を治めることの基本は礼にある。人の上に立つものが礼を軽んずれば下の者たちの秩序は乱れ、下の者たちが礼を軽んずるようになれば必ず罪を犯す者がでてくる。だから臣下の間に礼が行われていれば身分秩序は乱れず、民衆の間に礼が行われていれば国家は自然と治まるものだ。

Translated by へいはちろう

前回に引き続き、儒学的表現の多い条文でござるな。特に礼というのは儒学が最も重んじる徳目の一つで(仁・義・礼・智・信)、第一条でも言ったとおり太子が最も重んじる和の徳と密接な関連があるのでござる。

では “礼” とは一体なんなのかという事についてここで再確認しておくことにするでござる。現在では礼儀作法などと言われるように、人と交際する上でのマナーのような認識を持っておられる御仁が多かろうと思うのでござるが、もともとは冠婚葬祭などすべての儀式における言動や服装や道具を規定した決まりごとの総称でござった。儒学の祖である孔子は主に葬儀に関する礼を司る儒者とよばれる階級の出身で、自らの思想の中で礼を社会秩序を保つ行動規範の中心に据えた事により、その後の教養人にとって礼は最も重んじる徳目の一つとなったのでござる。

ただし孔子にとっての礼は上辺の行動を取り繕うようなものではなく、相手に対する敬意と謙譲の精神が伴わなければならぬものでござった。おそらく太子が考える礼もこれに近いものであったでござろう。人の上にたつ官吏たちが互いに敬意と謙譲の心で行動すれば、それに感化されて民衆も互いに敬意と謙譲の心を持つようになる。そうすれば国家全体の和が保たれるという事でござるな。

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十七条憲法を翻訳 三に曰く

聖徳太子による十七条憲法の翻訳、第三条でござる。

第三条

原文
三曰、承詔必謹。君則天之。臣則地之。天覆地載。四時順行、萬気得通。地欲覆天、則致懐耳。是以、君言臣承。上行下靡。故承詔必愼。不謹自敗。

書き下し文
三に曰く、詔(みことのり)を承(うけたまわ)りては必ず謹(つつし)め。君をば天とす。臣をば地とす。天は覆(おお)い、地は載(いただ)く。四時(しじ)順行(じゅんこう)して、万気(ばんき)通(つう)ずることを得(う)る。地、天を覆わんと欲するときは、則(すなわ)ち壊(やぶ)るることを致さん。ここを以って、君言(のたま)うときは臣承る。上(かみ)行うときは下(しも)靡(なび)く。ゆえに詔を承りては必ず謹め。謹まずば、自(おのず)から敗れん。

英訳文
You must obey an imperial order certainly. An emperor is the heaven, vassals are the ground. The heaven overspreads the ground, and the ground supports the heaven. Then four seasons can rotates correctly and spirits of nature can run through whole the world. If the ground wants to overspread the heaven, it will ruin the order of nature. Therefore vassals must obey their lord. If superiors do it, inferiors will follow them. Therefore you must obey an imperial order certainly. Otherwise you will ruin the national order.

現代語訳
天皇のお言葉には必ず謹んで従いなさい。君主を天とするならば、臣下はいわば地である。天は地を覆い、地は天を戴くのがこの世の理である。その理に従って四季は巡り、万物の気は通うことができるのだ。もしここで地が天を覆おうとしたならば、この循環が壊れてしまうことだろう。だから君主の言葉に臣下は従わねばならない。人の上に立つ者たちが君主の言葉に従えば、下の者たちもそれを見習うものだ。だから天皇のお言葉には必ず謹んで従いなさい。さもなければ、国の秩序を駄目にしてしまうだろう。

Translated by へいはちろう

第三条になってようやく天皇の権威について言及する内容がでてくるでござる。なぜこの条文が第一条ではないのかは第一条の解説で拙者の見解を述べたでござるが、ここでは儒学的な表現で上下の身分秩序を保つことの重要性を説いているのでござるな。

ただしこれもまた第一条でも既に述べたとおり、この条文の内容に反して当時の天皇の権威はそれほど高くはないのでござる。592年には蘇我馬子が東漢駒に命じて崇峻天皇を弑逆(暗殺)させているし、その後の政治運営に実際にあたっていたのは推古天皇ではなく太子と馬子でござった。後世の儒学者には太子が大逆人である馬子を討伐しなかった事について非難する者も多いのでござる。

なんとなく太子の理想と現実の間にある矛盾が見えてくるようでござるが、太子にとっての優先順位は天皇の権威が重要ではあっても一番ではないということでござろう。いずれは自らが皇位に就く予定の太子は、自分が天皇になったときにこそ理想の国家が実現されるように準備をしていたという事ではないでござろうか。

※全条文の英訳を読みたい方は聖徳太子の十七条憲法を英訳をご覧くだされ。