老子 第六十八章 不争の徳

老子の翻訳、第六十八章でござる。

原文
善爲士者不武。善戰者不怒。善勝敵者不與。善用人者爲之下。是謂不爭之徳、是謂用人之力、是謂配天。古之極。

書き下し文
善く士たる者は武ならず。善く戦う者は怒らず。善く敵に勝つ者は与(とも)にせず。善く人を用うる者はこれが下と為(な)る。これを不争の徳と謂(い)い、これを人の力を用うと謂い、これを天に配(はい)すと謂う。古えの極(きょく)なり。

英訳文
A good warrior is not fierce. A man who is good at battles does not get angry. A man who always win a battle does not fight with his enemy. A man who uses others cleverly is humble. These are called “virtues without rivalry”, “to use people’s power” and “to equal to heaven”. These are laws from ancient times.

現代語訳
良い武人というのは猛々しくない。戦いが上手い者は怒りを見せない。勝利するのが上手い者は敵とは争わない。人を使うのが上手い者は相手にへりくだっている。こういうのを「争わない徳」と言い、「人の力を活用する」と言い、「天と並ぶ」と言って、古くからの法則である。

Translated by へいはちろう

老子道徳経の詳しい成立年代は不明でござるが、おおよそで言うところの春秋戦国時代は戦乱の時代でござる。なので戦争に関する記述が含まれるのもそれほど不思議な話では無いでござるな。また当時は社会構造の変革期でもあり、あらたな時代を模索する数々の思想が生まれて議論を戦わせる時代でもあったのでござる。

当時の戦乱の流れを思想と関連して大雑把に見てみると以下のようになるでござる。

  • 春秋戦国時代 → 戦乱の時代、諸子百家が生まれ議論を戦わせる
  • 秦が法家の思想によって中華を統一 → 15年で崩壊
  • 漢が楚漢戦争に勝利し支配権を確立 → 内乱と外敵の侵入が相次ぐ
  • 漢の文帝・景帝の時代に黄老(道家)の思想を用いて国力の回復を図る(文景の治)→ 呉楚七国の乱を最後に内乱が収束する、外敵の侵入もなくなる
  • 漢は武帝の時代に最盛期を迎え、儒学を国学と定める → その後長い平和が続く
  • 後漢末期に儒学による政治が腐敗し再び戦乱の時代へ

こうしてみると中華を統一して国同士の戦争を終わらせたのは秦であり法家の思想であったと言えるでござるが、戦乱を終わらせたのは道家の思想であり、平和を持続させたのは儒学であったと言えるでござろう。

この様に老子のおっしゃる “不争の徳” は決して奇麗事でも理想論でも無いのでござる。確かに不争の徳では相手を倒したり戦争に勝ったりする事はできないでござろうが、争いに疲れた人の振り上げた拳をなだめて下ろさせる事ができるでござろう。そうして敵さえも味方につけて自分の力とする事がこの章で言われる極意でござるな。

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