孔子の論語 子路第十三の十五 如し君たることの難きを知らば、一言にして邦を興こすに幾からずや

孔子の論語の翻訳328回目、子路第十三の十五でござる。

漢文
定公問、一言而可以興邦有諸、孔子對曰、言不可以若是、其幾也、人之言曰、爲君難、爲臣不易、如知爲君之難也、不幾乎一言而興邦乎、曰、一言而可喪邦有 諸、孔子對曰、言不可以若是、其幾也、人之言曰、予無樂乎爲君、唯其言而樂莫予違也、如其善而莫之違也、不亦善乎、如不善而莫之違也、不幾乎一言而喪邦乎。

書き下し文
定公(ていこう)問う。一言にして以(もっ)て邦(くに)を興こすべきこと諸(こ)れ有りや。孔子対(こた)えて曰わく、言(げん)は以て是(か)くの若(ごと)くなるべからざるも、其れ幾(ちか)きなり。人の言に曰わく、君(きみ)たること難(かた)し、臣たること易(やす)からずと。如(も)し君たることの難きを知らば、一言にして邦を興こすに幾(ちか)からずや。曰わく、一言にして以て邦を喪(ほろ)ぼすべきこと諸れ有りや。孔子対えて曰わく、言は以て是くの若くなるべからざるも、其れ幾きなり。人の言に曰わく、予(わ)れは君たることを楽しむこと無し。唯だ其の言にして予れに違(たが)うこと莫(な)きを楽しむなりと。如し其れ善にしてこれに違うこと莫(な)くんば、亦(また)善からずや。如し不善にしてこれに違うこと莫くんば、一言にして邦を喪ぼすに幾(ちか)かからずや。

英訳文
Marquis Ding asked, “Is there any proverb that can develop our country?” Confucius replied, “A proverb cannot develop a country. But there is a proverb almost the same. They say, ‘It is difficult to be a monarch. It is not easy to be a vassal.’ If you understand difficulty of being a monarch, you can develop your country.” Marquis Ding asked, “Is there any proverb that can ruin our country?” Confucius replied, “A proverb cannot ruin a country. But there is a proverb almost the same. They say, ‘I do not enjoy being a monarch. I just enjoy that everyone obeys my order.’ If your order is right, it is also right that everyone obeys your order. But if your order is not right and everyone obeys your order, your order can ruin your country.”

現代語訳
定公(ていこう)が尋ねました、
「一言で国を盛んにするような、そんな言葉はあるだろうか?」
孔子は、
「言葉が国を盛んにする事はできませんが、それに近い意味の言葉があります。”君主である事は難しい、家臣である事は簡単ではない。” もしあなたが君主である事の難しさを理解なされるのであれば、この言葉は国を盛んにする事ができると言えます。」
と答えられました。定公は続いて尋ねました、
「一言で国を滅ぼすような、そんな言葉はあるだろうか?」
孔子は、
「言葉が国を滅ぼす事はできませんが、それに近い意味の言葉があります。”私は君主である事を楽しむのではない、人々が私の命令に従う事を楽しむのだ。” あなたの命令が正しければ、人々が命令に従う事も正しいと言えます。しかしあなたの命令が正しくなく、人々がその命令に従うとしたら、この言葉は国を滅ぼす事ができると言えます。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

定公(在位B.C.509~B.C.495。 名前は姫宋、爵位は侯爵。先代の昭公が三桓氏によって追放された後、魯公となった。孔子を重用して司寇(警察・司法責任者)に任じたが、次第に政務への熱意を失っていき礼儀を軽んじるようになる、失望した孔子は魯国を去って行った。)

儒学の政治指向は中央集権体制なので、自ずと君主の権限は強くなる。それゆえに君主の責任は非常に重大で、孔子は遠まわしにその自覚をうながしたのでござろう。

日本人の歴史観も儒学の影響が色濃いせいか、何かあれば君主の責任にして済ませてしまおうという傾向があるでござるな。世がうまく治まれば君主のおかげで、世が乱れれば君主が悪いからだと決め付けるのは典型的な儒学思考でござる。

しかし実際には当時の孔子自身が魯の実質的支配者である三桓氏から権力を奪還して定公に戻そうと苦労したように、歴史上の君主のほとんどは有力家臣や豪族たちの利害調整役という程度でござったろう。

ときどき傑出した君主があらわれて権力を掌握して、善政を布けば名君と呼ばれ、悪政を布けば暴君と呼ばれるのでござる。しかもこれらの基準は時代とともに変わったりもするので、その辺をよくよく調べると面白いでござるよ。

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