孔子の論語 子罕第九の二十一 吾其の進むを見るも、未だ其の止むを見ざるなり

孔子の論語の翻訳229回目、子罕第九の二十一でござる。

漢文
子謂顔淵曰、惜乎、吾見其進也、未見其止也。

書き下し文
子、顔淵(がんえん)を謂(い)いて曰わく、惜しいかな。吾其の進むを見るも、未(いま)だ其の止むを見ざるなり。

英訳文
Confucius talked about Yan Yuan, “His death is a great loss. He continued studying, and never stopped.”

現代語訳
孔子が顔淵(がんえん)についておっしゃいました、
「惜しい人物を亡くしたものだ。彼は日々学問の道に精進し、決して立ち止まることがなかったのだ。」

Translated by へいはちろう

顔淵(がんえん:顔回とも呼ぶ。姓は顔、名は回、字は子淵。孔門十哲の一人。詳細は公冶長第五の九に。)

論語の中でたびたび孔子だけでなく他の弟子達からも惜しまれ、賞賛されている顔淵は多くの他の弟子達からも慕われていたのでござろうな。

子罕第九の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 子罕第九を英訳を見て下され。