孔子の論語 述而第七の十三 図らざりき、楽を為すことの斯に至らんとは

孔子の論語の翻訳163回目、述而第七の十三でござる。

漢文
子在齊、聞韶樂三月、不知肉味、曰、不圖爲樂之至於斯也。

書き下し文
子、斉に在(いま)して、三月、肉の味を知らず。曰わく、図(はか)らざりき、楽を為すことの斯(ここ)に至らんとは。

英訳文
Confucius listened to Shao music when he stayed in Qi. He was impressed by the music as he couldn’t taste anything for three months. Confucius said, “I’ve never thought that a music can be so lofty.”

現代語訳
孔子が斉の国に滞在されている時、韶(しょう)の音楽を聞かれて感動し、三ヶ月間肉の味が解らない程でした。そして、
「音楽がこの様な高みに達しようとは想像もしなかった。」
とおっしゃいました。

Translated by へいはちろう

(しょう:伝説上の聖帝である舜(しゅん)が作ったとされる曲。八佾第三の二十五でも孔子は韶を絶賛している。)

儒学では礼楽というように礼と並んで重要視されるのが音楽でござるな。一言で音楽といっても、詩・歌・楽奏・舞踊と多岐に渡っており、儀式に使われる様な宮廷音楽から人々の生活から生まれてきた民謡まで幅広く孔子は音楽を愛されたそうでござる。

儒学の五経の一つであり、孔子が編纂したとされる詩経には当時の中国で親しまれていた民謡から、宮廷行事などで演奏された音楽の詩篇が収録されており、当時の人々の生活をうかがい知る貴重な資料となっているのでござる。

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