孔子の論語の翻訳108回目、公冶長第五の十六でござる。
漢文
子謂子産、有君子之道四焉、其行己也恭、其事上也敬、其養民也惠、其使民也義。
書き下し文
子、子産(しさん)を謂(い)わく、君子の道四つ有り。其の己(おのれ)を行なうや恭(きょう)、其の上(かみ)に事(つか)うるや敬(けい)、其の民を養うや恵(けい)、其の民を使うや義。
英訳文
Confucius said, “Zi Chan had four virtues. He was reverent, royal, merciful, and reasonable.”
現代語訳
孔子が子産(しさん)についておっしゃいました、
「彼は四つの美徳を備えていた。行いは恭しく、主君に忠実で、民衆には慈愛をそそぎ、民衆を使役する時には道理を重んじた。」
Translated by へいはちろう
子産(しさん:姓は姫、氏は公孫、名は僑、字は子産。鄭の卿(大臣)。斉の管仲などと共に春秋時代の名臣の代表の一人。中国史上で初めての成文法を作った。孔子は子産を非常に尊敬しており、論語の中で度々賞賛している。)
上記の通りこの子産は中国史上で初めての成文法(文章として規定された法律)を制定した人物でござる。それまでは文章として規定されない慣習法や不文法によって統治がなされていたのでござるが、結果として法が恣意的に運用されるのを避けるために青銅の鼎に法文を鋳込んだと伝えられているでござる。
この事がどのくらいすごいかといえば、とてもすごい事でござる。法律が(とくに行政法が)文章として形になっていればこそ、人々は法律と照らし合わせて行政を批判できるのでござる。要するに「政治はお偉い雲の上の人が神さまと相談してやってる訳の解らないもの」で無くしてしまったのでござる。
当然反発は強く、晋の宰相である叔向からは「あなたが生きている間は良いですが、あなたが死んだ後はどうなるのですか。滅んだ国には法律が多いと言いますが、まさしくそれに当てはまるのではないのですか。」と言われ、子産は「不才の身の私には死後の事など解りません。」と答えたそうでござる。そして叔向が亡くなった後に晋もまた成文法を制定したのでござる。
まぁ成文法のメリット・デメリットは法学の本でも読んでもらうとして、徳治主義を主張する孔子が子産を尊敬していたという事は中々に興味深い事でござるな。つまりは徳治や法治などという言葉は孔子にとっては大した価値をもっておらず、その事績が仁に叶っていれば良いという事でござろうか。
公冶長第五の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 公冶長第五を英訳を見て下され。