孔子の論語 八佾第三の十六 射は皮を主とせず、力の科を同じくせざるが為なり

 孔子の論語の翻訳56回目、八佾第三の十六でござる。

漢文
子曰、射不主皮、爲力不同科、古之道也。

書き下し文
子曰わく、射(しゃ)は皮を主とせず。力の科(か)を同じくせざるが為(ため)なり。古(いにし)えの道なり。

英訳文
Confucius said, “In the competition of archery, the purpose is not to hit a target. Because people’s skill is not equal. This is a method from ancient times.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「弓での競技では的を射抜く事が目的では無い、人々の技術には差があるからである。これは昔から伝わる作法である。」

Translated by へいはちろう

この文は素直に読めばスポーツマンシップとか剣道などに通じるものがあるでござるな。もちろん弓の競技は的を射抜くことを目的としているのでござる、しかしその振る舞いが悪ければ面目が立たなかった、ということでござるな。

八佾第三の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの孔子の論語 八佾第三を英訳を見て下され。