学問のすすめの翻訳、四編 段落五 その二でござる。
現代語訳
試しに一例を挙げてみよう。現在の政府に見るべき人物が少ないという訳ではない、個人的にその言葉を聞き、その行動を見れば、皆ほとんど度量の大きな立派な人物であり、私から見て非難すべき点が見つけられないばかりか、その言行は慕うべきものでさえある。またもう一方を見てみれば、平民といえども全員が無気力な愚民というわけではなく、一万人に一人くらいは公明誠実な良民もいるだろう。
だがしかしこの大人物、政府に集まって政治をする段になり、その実績を見てみれば、私にとってあまり感心できない事ばかりである。またかの誠実なる良民も、政府に接する段になるとたちまちその節を曲げ、嘘偽りを用いて官を欺いていながら恥じる事さえない。この大人物がこの様な政治を行い、この良民がこのような卑劣な行いに出るのは何故だろうか。まるで一つの体に二つの頭がついているかの様ではないか。
個人的には智者であっても、政府の一員になると愚者となる。一人一人は賢いのに、これを集めると暗愚となる。いったい政府というものは、智者が大勢集まって一人の愚者の様な行いをする場所と言わざるを得ない。まったくもって不思議な事である。この様な事態が起きる理由とはつまり、かの気風なるものに制せられて、人々が一個人としての能力を存分に発揮する事ができないからではないだろうか。維新以来、政府が学術、法律、商売等を振興しようとしても効果が上がらないのは、まさしくここに原因があるのだ。
それなのに今、一時の術策を用いて愚民をコントロールし、その知恵や徳が育つのを待つというのは、人民を脅して文明を強制するものか、そうでなければ騙して善人に仕立て上げようとする様なものである。政府が人民を脅せば人民は偽りをもってこれに応じるだろう。政府が偽りを用いれば人民は上辺だけでこれに従う様になるだろう。こんなものを名案だなどと言ってはいけない。たとえ統治が上手くいったとしても、文明の発展という意味ではまったく益の無い事である。こうであるから、世の文明を進歩させるためには、ただ政府の力のみに頼ってはいけないのである。
英訳文
For example, I cannot say that there are few good people in the government. When I hear their words and watch their deeds individually, most of them are so generous and good that I think they are not only blameless but even respectful. On the other hand, not all the commoners are spiritless and ignorant. There should be one fair, honest and good person in ten thousand.
However, when these good people gather and govern the county, I cannot appreciate a lot of their political results. And the fair and honest commoner, when he associates with the government, also compromises his principles at once and deceives the officers with lies shamelessly. Why do these good people govern the country like this and why does the good commoner become despicable like this, as if they had two heads with one body?
They are wise individually and foolish as government officers. They are intelligent when they are separated and imbecile when they gather. I must say that the government is the place which wise people gather and act as a fool. What a strange place it is. After all, I suppose that’s because they are controlled by the “spirit” and cannot exercise their individual ability. This is why the government hasn’t accomplished the developments of academic disciplines, the law and commerce since the Meiji Restoration.
Nevertheless, someone says “the government should use a tentative maneuver to control the ignorant people until they have improved their wisdom and virtue.” This should be either to compel the people to civilize or to deceive them into being good. If the government compels the people, they will respond with lies. If the government deceive the people, they will obey it only superficially. You should not call this a good idea. If you could govern the people well, there would no benefit from the standpoint of civilization. This is why I say you should not rely on only the government if you develop the civilization of the country.
Translated by へいはちろう
日本人の国民性として「和を重んじる」というのはよく言われる事でござるな。それ自体は悪い事ではないが、当然何事にもメリットとデメリットというものがある。その弊害の最たるものの一つは、物事の道理よりも人の和の方が優先されてしまう事が少なくないという事でござろう。一人一人と話せば道理が通じぬという訳ではないので、何か変化を起こそうと思ったら今度は根回しが重要となる。福沢諭吉もその理想は別として、慶應義塾の設立や運営にあたってはその人脈を活用しているでござるな。
話を今回の文章に戻すと、意図的なものかは解らないでござるが、儒学的な術策を否定するのに儒学的な論法を用いている所が少々面白いでござるな。「政府威を用れば人民は偽を以てこれに応ぜん」なんて言葉は、論語に出てきてもおかしくない様な感じでござる。
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