月別アーカイブ: 2009年4月

孔子の論語 陽貨第十七の二十四 人の悪を称する者を悪む

孔子の論語の翻訳469回目、陽貨第十七の二十四でござる。

漢文
子貢問曰、君子亦有惡乎。子曰、有惡、惡称人之惡者、惡居下流而謗上者、惡勇而無禮者、惡果敢而窒者。曰、賜也亦有惡乎、惡徼以爲知者、惡不孫以爲勇者、惡訐以爲直者。

書き下し文
子貢(しこう)問いて曰わく、君子も亦(また)悪(にく)むこと有りや。子曰わく、悪むこと有り。人の悪を称する者を悪む。下(しも)に居て上(かみ)を謗る者を悪 む。勇にして礼なき者を悪む。果敢にして窒(ふさ)がる者を悪む。曰わく、賜(し)や亦悪むこと有りや。徼(かす)めて以て知と為す者を悪む。不孫(ふそん)にして以て勇と為す者を悪む。訐(あば)きて以て直と為す者を悪む。

英訳文
Zi Gong asked, “Does even a gentleman detest someone?” Confucius said, “Yes, he does. He detests a person who criticizes others, a person who slanders a superior, a courageous person without politeness and a decisive person who has a mind impervious to reason. Zi Gong, do you detest someone?” Zi Gong replied, “I detest a person who plagiarizes others’ ideas, a person who thinks his arrogance is courage and a person who thinks he is honest by exposing others’ faults.”

現代語訳
子貢(しこう)が尋ねました、
「人の手本たるべき人格者でも他人を憎む事がありますか?」
孔子は、
「ある。人の悪口を言う者を憎む。部下でありながら上司を誹謗する者を憎む。勇気がありながら礼を弁えない者を憎む。決断力がありながら道理を弁えない者を憎む。」
と答えられました。そして孔子が、
「お前は他人を憎む事があるかね?」
と聞くと、子貢は、
「他人の知恵を掠め取って自分の知恵にする者を憎みます。傲慢な自分を勇気があると思っている者を憎みます。他人の欠点を暴いて自分が正直だと思っている者を憎みます。」
と答えました。

Translated by へいはちろう

ここまで並べ立てると酷い人間もいるものだと他人事みたいに感じてしまうのでござるが、注意しないと誰でも簡単に陥ってしまう様なありがちな欠点でござるな。自戒、自戒。

陽貨第十七の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 陽貨第十七を英訳を見て下され。

孔子の論語 陽貨第十七の二十三 君子、勇有りて義なければ乱を為す

孔子の論語の翻訳468回目、陽貨第十七の二十三でござる。

漢文
子路曰、君子尚勇乎、子曰、君子義以爲上、君子有勇而無義爲亂、小人有勇而無義爲盗。

書き下し文
子路(しろ)が曰わく、君子、勇を尚(とうと)ぶか。子曰わく、君子義を以て上(かみ)と為す。君子、勇有りて義なければ乱を為す。小人、勇有りて義なければ盗を為す。

英訳文
Zi Lu asked, “Does a gentleman value courage?” Confucius replied, “A gentleman value justice than courage. A courageous gentleman without a sense of justice will sow the seeds of discord. A courageous worthless man without a sense of justice will be a thief.”

現代語訳
子路(しろ)が尋ねました、
「人々の手本たるべき人格者は、勇気を尊びますか?」
孔子は、
「人格者は勇気よりも正義を重んじる。人格者に勇気があっても正義感がなければ、争いの種となる。つまらない人間に勇気があっても正義感がなければ、盗賊になるだけだ。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

子路(しろ:季路とも言う。姓は仲、名は由、字は子路。詳細は公冶長第五の七に。)

正義感の伴わない勇気はただの蛮勇でござるな。

為政第二の二十四の「義を見て為ざるは勇なきなり」と併せて読みたい言葉でござる。

陽貨第十七の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 陽貨第十七を英訳を見て下され。

孔子の論語 陽貨第十七の二十二 これを為すは猶お已むに賢れり

孔子の論語の翻訳467回目、陽貨第十七の二十二でござる。

漢文
子曰、飽食終日、無所用心、難矣哉、不有博奕者乎、爲之猶賢乎已。

書き下し文
子曰わく、飽くまで食らいて日を終え、心を用うる所無し、難(かた)いかな。博奕(はくえき)なる者あらずや。これを為すは猶(な)お已むに賢(まさ)れり。

英訳文
Confucius said, “A person who eats to the full and thinks nothing is a good-for-nothing. There are go and chess. You had better do them than doing nothing.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「腹一杯食べるだけで一日何もせず何も考えない、困り者だな。囲碁や将棋というものがあるだろう。たとえ遊びでも何もしないよりは役に立つ。」

Translated by へいはちろう

陽貨第十七の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 陽貨第十七を英訳を見て下され。

孔子の論語 陽貨第十七の二十一 子生まれて三年、然る後に父母の懐を免がる

孔子の論語の翻訳466回目、陽貨第十七の二十一でござる。

漢文
宰我問、三年之喪期已久矣、君子三年不爲禮、禮必壊、三年不爲樂、樂必崩、舊穀既沒、新穀既升、鑚燧改火、期可已矣。子曰、食夫稻、衣夫錦、於女安乎。曰、安。女安則爲之、夫君子之居喪、食旨不甘、聞樂不樂、居處不安、故不爲也、今女安則爲之。宰我出。子曰、予之不仁也、子生三年、然後免於父母之懷、夫三年之喪、天下之通喪也、予也有三年之愛於其父母乎。

書き下し文
宰我(さいが)問う、三年の喪は、期にして已(すで)に久し。君子三年礼(れい)を為さずんば、礼必ず壊(やぶ)れん。三年楽(がく)為さずんば、楽必ず崩(くず)れん。旧穀(きゅうこく)既に没(つ)きて、新穀(しんこく)既に升(のぼ)る、燧(すい)を鑽(き)りて火を改む。期にして已(や)むべし。子日わく、夫(か)の稲を食(くら)い、夫の錦(にしき)を衣(き)て、女(なんじ)に於いて安きか。日く、安し。女安くんば則ち之を為せ。夫(そ)れ君子の喪に居る、旨きを食うも甘からず、楽を聞くも楽しからず、居処(きょしょ)安からず。故に為さざるなり。今女安くんば則ち之を為せ。宰我出(い)ず。子日わく、予の不仁なるや。子生まれて三年、然る後に父母の懐(ふところ)を免(まぬ)がる。夫れ三年の喪は天下の通喪(つうそう)なり。予や、三年の愛其の父母に有るか。

英訳文
Zai Wo asked, “I think three years mourning is too long a bit and one year is long enough. If gentlemen do not manage courtesy for three years, it will be spoiled. If gentlemen do not play music for three years, it will be spoiled. In one year, old rice run out and new rice bear fruit. We change an ignition wood of a kitchen range every year. One year is long enough, isn’t it?” Confucius replied, “After one year from your parents death, can you eat foods tastily and wear clothes comfortably?” Zai Wo said, “Yes, I can.” Confucius replied, “So, you can do it. A gentleman in mourning cannot eat foods tastily, cannot enjoy music and cannot live in comfort. So he does not do it. You can do it, if you can.” After Zai Wo left the room, Confucius said, “He has no benevolence. A child grows in parents’ bosom for three years. So three years mourning took root in the world. He also received love from his parents for three years, didn’t he?”

現代語訳
宰我(さいが)が尋ねました、
「三年の服喪は少し長すぎではありませんか? 私は一年で十分だと考えます。人々の手本たるべき君子が三年も礼を行わないのでは、礼が廃れます。君子が三年も音楽から遠ざかるのでは、音楽が廃れます。一年あれば古米はなくなり、新米が実るというものです。竈の火起こしに使う摺木も一年で取り替えます。一年で十分ではないでしょうか?」
孔子は、
「たった一年で、おいしく御飯を食べ、立派な服を着て、それでなんとも思わないのか?」
とおっしゃりました。宰我が、
「なんとも思いません。」
と答えると、孔子は、
「それならば好きなようにすると良い。喪中の君子は、御飯を食べてもおいしくなく、音楽を聴いても楽しくなく、家にいても気持ちが安らがない、だからそうしないのだ。なんとも思わないのであれば、好きなようにすると良い。」
とおっしゃりました。宰我が部屋を出た後で孔子は、
「彼に仁の心はないな。生まれて来た子供は三年間両親の腕の中で育つ。だから三年の喪が習慣として定着しているのだ。彼もまた両親の腕の中で愛情を受けたであろうに。」
とおっしゃりました。

Translated by へいはちろう

宰我(さいが:姓は宰、名は予、字は子我。詳細は八佾第三の二十一に。)

現代日本の服喪期間が一年である事はとりあえずおくとして、

宰我の視点は三年という長さが非合理的だと主張しているのでござるが、孔子は愛情や悲しみというそれ自体が非合理な感情が治まるのに必要なのが三年なのだとおっしゃっているのでござるな。

理屈から答えを出す宰我と、人の感情から答えを導き出す孔子といった感じでござる。

この文だけだと宰我がただの冷血漢みたいな印象でござるが、墨子も節葬で三年の喪など無駄と説いており、儒学の主張する厚葬が下層階級の人々にとって大きな負担になっていたのも事実でござる。

陽貨第十七の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 陽貨第十七を英訳を見て下され。

孔子の論語 陽貨第十七の二十 孺悲、孔子に見えんと欲す

孔子の論語の翻訳465回目、陽貨第十七の二十でござる。

漢文
孺悲欲見孔子、孔子辭之以疾、將命者出戸、取瑟而歌、使之聞之。

書き下し文
孺悲(じゅひ)、孔子に見(まみ)えんと欲す。孔子辞するに疾(やまい)を以(もっ)てす。命を将(おこ)なう者、戸を出(い)ず。瑟(しつ)を取りて歌い、これをして聞かしむ。

英訳文
Ru Bei visited Confucius (without an appointment). Confucius did not meet him with pretended illness. When the errand left the door, Confucius sang and played the Se (a kind of stringed instrument) to inform Ru Bei that he pretended illness.

現代語訳
孺悲(じゅひ)が(約束もなく)孔子に会おうと訪れたが、孔子は仮病を使ってお会いになられなかった。取次ぎの者が戸口を出るとき、孔子は瑟(しつ)を奏でながら歌って仮病だと解るようになされた。

Translated by へいはちろう

孺悲(じゅひ:魯の家臣。)

少し経緯を説明すると、孺悲は魯公の命令で士人に対する葬礼の詳細を孔子に聞きにきたのでござる。

しかし礼について教えを乞う為に訪れるにも関わらず、約束もなく目上の者を尋ねるという非礼を孺悲がしたので、仮病という形でそれとなく諭したと言う事でござるな。

「また来ます。」と言って去った孺悲も次はちゃんと礼節を通して孔子に会う事ができて、士人の葬礼の詳細を教わったと礼記の雑記下に書かれているでござる。

陽貨第十七の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 陽貨第十七を英訳を見て下され。