月別アーカイブ: 2009年4月

孔子の論語 微子第十八の三 斉の景公、孔子を待つに曰わく

孔子の論語の翻訳474回目、微子第十八の三でござる。

漢文
齊景公待孔子曰、若季氏則吾不能、以季孟之間待之、曰、吾老矣、不能用也、孔子行。

書き下し文
斉の景公(けいこう)、孔子を待つに曰わく、季氏(きし)の若(ごと)きは則(すなわ)ち吾(われ)能(あた)わず。季孟(きもう)の間を以てこれを待たん。曰わく、吾老いたり、用いること能わざるなり。孔子行(さ)る。

英訳文
Marquis Jin of Qi said to Confucius, “I cannot treat you like Ji family of Lu. I will treat you at the level between Ji family and Meng family.” After a while, Marquis said, “I’m old. I cannot employ you.” Then Confucius left Qi.

現代語訳
斉の景公(けいこう)が孔子の待遇について言いました。
「魯の季孫氏(きそんし)ほどの待遇はできませんが、季孫氏と孟孫氏の中間ほどの待遇であなたを用いましょう。」
しかしそのしばらく後で、
「私も年をとりました。あなたを用いる事はできません。」
と言い。孔子は斉を去られました。

Translated by へいはちろう

斉の景公(けいこう:斉の25代目。詳細は顔淵第十二の十一に。)

季孫氏(きそんし:当時の魯の国を実質的に支配していた三桓氏(孟孫・叔孫・李孫の御三家)の一つ。)

孔子が斉に仕官しようとした時のエピソードでござるな。詳細は顔淵第十二の十一公冶長第五の十七の解説をお読みくだされ。

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孔子の論語 微子第十八の二 道を直くして人に事うれば、 焉くに往くとして三たび黜けられざらん

孔子の論語の翻訳473回目、微子第十八の二でござる。

漢文
柳下惠爲士師、三黜、人曰、子未可以去乎、曰、直道而事人、焉徃而不三黜、枉道而事人、何必去父母之邦。

書き下し文
柳下恵(りゅうかけい)、士師(しし)と為(な)り、三たび黜(しりぞ)けらる。人の曰わく、子未だ以て去るべからざるか。曰わく、道を直くして人に事(つか)うれば、 焉(いず)くに往くとして三たび黜けられざらん。道を枉(ま)げて人に事うれば、何ぞ必ずしも父母の邦(くに)を去らん。

英訳文
Liu Xia Hui became the chief judicial officer. But he was dismissed three times. Someone asked, “Why don’t you leave this country?” Liu Xia Hui replied, “If a person serves a country honestly, he may be dismissed three times in every country. If I did not serve honestly, I have no reason to leave my home country.”

現代語訳
柳下恵(りゅうかけい)が司法長官となった時、三回も罷免された。
ある人が、
「どうして三回も罷免されたのに、この国を去らないのですか?」
と尋ねると、柳下恵は、
「真っ正直に仕えれば、どこの国でも三回くらいは罷免されて当然です。不正直に仕えるくらいなら、生まれ故郷の国を見捨てる必要もまたありません。」
と答えました。

Translated by へいはちろう

柳下恵(りゅうかけい:魯の臣。姓は展、名は禽、字は季、柳下は号、恵は諡号。詳細は衛霊公第十五の十四に。)

正直に仕えたからこそ、上役に嫌われて罷免されたのだという事でござるな。正直に仕えて罷免されるのは恥では無い、むしろ不正直に使える事が恥なのだと言ってるのでござろう。

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孔子の論語 微子第十八の一 殷に三仁あり

孔子の論語の翻訳472回目、微子第十八の一でござる。

漢文
微子去之、箕子爲之奴、比干諌而死、孔子曰、殷有三仁焉。

書き下し文
微子(びし)はこれを去り、箕子(きし)はこれが奴(ど)と為(な)り、比干(ひかん)は諌(いさ)めて死す。孔子曰わく、殷に三仁あり。

英訳文
Wei Zi left Yin. Ji Zi became a slave. Bi Gan was killed because he remonstrated to the emperor. Confucius said, “Yin dynasty had three benevolent men.”

現代語訳
微子(びし)は殷を去り、箕子(きし)は狂人のふりをして奴隷に身をやつし、比干(ひかん)は紂王を諌めて死罪となった。
孔子がおっしゃいました、
「殷には三人の仁者が居た。」

Translated by へいはちろう

微子(びし:殷の紂王の兄。宋の始祖。啓が名で微子啓とも呼ばれる。紂王を何度も繰り返し諌めたが聞き入れられず殷を去った。周建国後に殷の祭祀を継ぐ為に周公旦により宋に封じられる。)

箕子(きし:殷の紂王の叔父。紂王を何度も繰り返し諌めたが聞き入れられず、発狂したふりをして奴隷の身分に落とされた。殷滅亡後は周を避け北方に逃れた。)

比干(ひかん:殷の紂王の叔父。紂王を何度も繰り返し諌め、ついに怒った紂王に死罪にされた。)

Translated by へいはちろう

主君を危険を顧みず諌めた点を評価しているのでござるな。

微子の場合は殷が滅んだ後で紂王の代わりに先祖祭祀をせねばならぬので、死を選ばず殷を去ったということでござる。

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孔子の論語 陽貨第十七の二十六 年四十にして惡まるるは、其れ終わらんのみ

孔子の論語の翻訳471回目、陽貨第十七の二十六でござる。

漢文
子曰、年四十而見惡焉、其終也已。

書き下し文
子曰わく、年四十にして惡まるるは、其れ終わらんのみ。

英訳文
Confucius said, “A person who is disliked by others even though he is over 40 years old, I can do nothing for him.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「40歳を過ぎているというのに他人から嫌われるようでは、私としてもどうしようもない。」

Translated by へいはちろう

建設的に解釈すると、「40歳を過ぎるまでには、他人からの批判を素直に反省し改める事ができるようになるべきだ。」という事でござろうか。自信ないなぁ…

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孔子の論語 陽貨第十七の二十五 唯女子と小人とは養い難しと為す

孔子の論語の翻訳470回目、陽貨第十七の二十五でござる。

漢文
子曰、唯女子與小人、爲難養也、近之則不孫、遠之則怨。

書き下し文
子曰わく、唯(ただ)女子と小人とは養い難しと為す。これを近づくれば則(すなわ)ち不孫(ふそん)なり。これを遠ざくれば則ち怨む。

英訳文
Confucius said, “Women and worthless men are hard to deal. If you are kind to them, they will be too frank. If you are not kind to them, they will have a grudge against you.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「女と取るに足らぬ男は扱いにくい。親切にすれば調子に乗るし、親切にしなければ恨まれる。」

Translated by へいはちろう

孔子は奥さんに逃げられているでござるからな。色々あっておっしゃったのかも知れないし、違うのかも知れないでござる。

家族愛としての孝を説いて、「国を治める根本は家庭を斉(ととの)える事である。家庭を斉える根本は自分を修める事である。」というのが儒学の基本理念なのでござるが (修身、斉家、治国、平天下 ※大学)、孔子・息子の伯魚・孫の子思と三世代に渡って奥さんに逃げられているのは皮肉といえば皮肉でござるな。

※補足
「ここでの “女子” は女性一般を指す語ではなく、小人と対応して “くだらぬ女” という限定的な意味ではないか」というご指摘をいただいたので、浅学非才の身ながら拙者なりの解釈を補足説明させていただくでござる。なお今回の文に限らず、ここに掲載されているのはあくまで拙者の論語の解釈であって、拙者自身の思想信条とは別だという点を強調させていただくでござるよ。

まず単純に「女子」という言葉の字義には、「小人」の「小」のように、「ささいな」とか「取るに足らぬ」とか、転じて「くだらぬ」といった意味が無いことが一点でござる。

次に「小人」という言葉には、人格や教養の面で優れた「君子」に対して、それらの面で劣った「くだらぬ人間」という解釈があるのと同時に、古来より貴族や官僚などの支配者層に対する「平民」というような身分の低い被支配者層の人間を指す言葉としても解釈されているのでござるが、それを受けてここでの「女子」にも世の女性全般ではなく、「妾」や「下女」といった身分の低い女性を指す言葉であるという解釈もある事は事実でござる。しかし論語を普通に読むと孔子が「小人」という言葉を身分の違いを表す言葉として使用しているとは少なくとも拙者には解釈しがたく、「君子」や「小人」が身分の違いを表す言葉として使用されるのは、漢代に入って儒学が支配者層の必須科目となって以降の事だと拙者には思われるでござる。

また「女子」を身分の低い女性を指す言葉だという解釈をするのは近現代の日本の学者に多いのでござるが、これは日本の女性の場合は古来より、政治の世界では女性天皇を何人も輩出したり北条政子という女傑がいたり、文学の世界では女性が詠んだ数多くの和歌が残されていたり清少納言や紫式部などの著名な文人がいたりと、孔子当時の中国とは違って単純に女性全般を人格や教養の面で「小人」と同じ扱いにすると違和感を生じるからでござろう。当時の中国では歴史に名を残すような女性は美女であるか、悪女であるという扱いがほとんどで、特に教養の面で優れていたという人物の話は皆無ではないにしろあまり聞かないでござるな。これも当時の中国人女性が潜在能力的に劣っていたというよりは、社会制度の違いが生んだ結果でござろうが、いずれにしろ孔子にとっては自分が認められるような、(儒学的な意味で)人格的に優れた・教養のある女性に出会う事は稀有であったでござろうから、「女子と小人」とひとくくりの扱いになったのだと思われる次第でござる。

以上の理由から拙者は、孔子は「女子」という言葉を女性全般を指す言葉として使用されているのだと解釈する次第でござる。しかしあくまで孔子の知る当時の中国の女性全般の話であって、現代女性や他の地域の女性まで指している言葉ではないでござるな。また孔子が偉大であるからと言ってその言葉が全て正しいというわけでもないでござろうし、論語の中に賛同できない言葉があるからといって解釈を無理に変えたり、孔子の他の言葉を全て否定する理由とはならないでござろう。用いるべきは用い、用いざるべきは用いなければ良いだけだと、このように拙者は考える次第でござる。

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