月別アーカイブ: 2008年12月

孔子の論語 子路第十三の二十六 君子は泰にして驕らず、小人は驕りて泰ならず

孔子の論語の翻訳339回目、子路第十三の二十六でござる。

漢文
子曰、君子泰而不驕、小人驕而不泰。

書き下し文
子曰わく、君子は泰(ゆたか)にして驕(おご)らず、小人は驕りて泰ならず。

英訳文
Confucius said, “Gentlemen are calm and never be arrogant. Worthless men are arrogant and cannot be calm.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「人格者は泰然として落ち着いているが、決して驕り高ぶったりしない。つまらない人間は驕り高ぶってはいるが、落ち着いてゆったり構えるという事ができない。」

Translated by へいはちろう

論語には君子と小人を比較する文が他にも何個かあるのでござるが、その度に自分は小人だなと思い知らされるでござるな。

子路第十三の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 子路第十三を英訳を見て下され。

孔子の論語 子路第十三の二十五 君子は事え易くして説ばしめ難し

孔子の論語の翻訳338回目、子路第十三の二十五でござる。

漢文
子曰、君子易事而難説也、説之不以道、不説也、及其使人也、器之、小人難事而易説也、説之雖不以道、説也、及其使人也、求備焉。

書き下し文
子曰わく、君子は事(つか)え易(やす)くして説(よろこ)ばしめ難(がた)し。これを説ばしむるに道を以(もっ)てせざれば、説ばざるなり。其の人を使うに及びては、これを器(うつわ)にす。小人は事え難くして説ばしめ易し。これを説ばしむるに道を以てせずと雖(いえど)も、説ぶなり。

英訳文
Confucius said, “It is easy to serve gentlemen and it is not easy to please them. You cannot please them without the right way and they put the right person in the right post. It is not easy to serve worthless men and it is easy to please them. You can please them without the right way.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「人格者に仕えるのは簡単だが、喜ばすのは難しい。彼らを喜ばせるには正道を用いねばならないし、彼らが人を使う時には適材を適所に採用してくれるからだ。つまらない人間に仕えるのは難しいが、喜ばすのは簡単だ。正道を用いずとも簡単に喜んでくれるからだ。」

Translated by へいはちろう

人間誰しも良い人の下で働きたいと思うものでござるが、現実問題として難しいのでせめて自分は良い人間でありたいものでござるな。

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孔子の論語 子路第十三の二十四 郷人の善き者はこれを好み、其の善からざる者はこれを悪くまんには如かざるなり

孔子の論語の翻訳337回目、子路第十三の二十四でござる。

漢文
子貢問曰、郷人皆好之何如、子曰、未可也、郷人皆惡之何如、子曰、未可也、不如郷人之善者好之、其不善者惡之也。

書き下し文
子貢(しこう)問いて曰わく、郷人(きょうじん)皆これを好まば何如。子曰わく、未(いま)だ可ならざるなり。郷人皆これを悪(にく)まば何如。子曰わく、未だ可ならざるなり。郷人の善き者はこれを好み、其の善からざる者はこれを悪くまんには如(し)かざるなり。

英訳文
Zi Gong asked, “How about a person who is praised by all villagers?” Confucius replied, “He is not enough.” Zi Gong asked, “How about a person who is hated by all villagers?” Confucius replied, “He is not enough. A person who is praised by good villagers and hated by bad villagers is the best.”

現代語訳
子貢(しこう)が尋ねました。
「地元の人々全員から称賛される様な人物はいかがでしょうか?」
孔子は、
「それではまだ十分とは言えない。」
と答えられました。子貢(しこう)がさらに、
「地元の人々全員から憎まれる様な人物はいかがでしょうか?」
と尋ねると、孔子は、
「それではまだ十分と言えない。最も良いのは地元の善人から称賛され、悪人からは憎まれる様な人物だ。」
と答えられました。

Translated by へいはちろう

子貢(しこう:姓は端木、名は賜、字は子貢。詳細は公冶長第五の九に。)

何度か言及しているでござるが、儒学を官学として採用した漢の時代の官吏登用制度である郷挙里選制はまさに今回の文の内容を表したような制度でござる。

簡単にいうと郷土で儒学的評判の高い若者を地元有力者に推薦させることによって、人格的に高潔な人物の登用を意図したものであったのでござるが、結果として贈賄や汚職が横行し地方豪族の人脈・地盤が強化されて漢滅亡の原因の一つとなったのでござる。

問題なのは人物を評価する手段ではなく、評価する側の人間の能力と品性だということでござるな。

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孔子の論語 子路第十三の二十三 君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず

孔子の論語の翻訳336回目、子路第十三の二十三でござる。

漢文
子曰、君子和而不同、小人同而不和。

書き下し文
子曰わく、君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず。

英訳文
Confucius said, “Gentlemen harmonize with others and never flatter others. Worthless men flatter others and cannot harmonize with others.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「人格者は他人と調和をするが、他人に媚びたり流されたりしない。つまらない人間は他人に媚びたり流されたりするが、他人と調和することはしない。」

Translated by へいはちろう

今回の文は論語の中でも有名な文でござるな。

君子とは自分の信念をしっかりと持った上で、他者の考え方などを尊重して譲り合う事のできる人物だという事でござるな。

信念があっても譲り合いの精神がなければただの頑固者で、信念がなければ他人に媚びるだけの小人という事でござる。孔子は小人になるよりは、頑固者になった方が良いともおっしゃっているでござる。

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孔子の論語 子路第十三の二十二 其の徳を恒にせざれば、或いはこれに羞を承めん

孔子の論語の翻訳335回目、子路第十三の二十二でござる。

漢文
子曰、南人有言、曰、人而無恆、不可以作巫醫、善夫、不恆其徳、或承之羞、子曰、不占而已矣。

書き下し文
子曰わく、南人(なんじん)、言えること有り。曰わく、人にして恒(つね)なくんば、以(もっ)て巫医(ふい)を作(な)すべからずと。善いかな。其の徳を恒にせざれば、或(ある)いはこれに羞(はじ)を承(すす)めん。子曰わく、占(うらな)わざるのみ。

英訳文
Confucius said, “A proverb in the south says, ‘A person without strong belief cannot become a fortune-teller or a doctor.’ I agree with it.” They says, ‘If you do not always have belief, you will be humiliated.’ Confucius said, “It is not fortune-telling. It is fact.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「南方のことわざに、”変わらぬ信念を持たぬ者は、巫覡(ふげき:まじない師や巫女のようなもの)や医者にはなれない” というのがあるが、私もそう思う。」
また、”徳を常に心に持っていなければ、いつか辱めを受ける” ということわざに関して、
「この言葉は占いとか予測とかではなく、間違いの無い事実だ。」
とおっしゃいました。

Translated by へいはちろう

巫(ふ)は女性のまじない師=巫女で、覡(げき)は男性のまじない師でござる。どうしてまじない師と医者なのかというと当時はまだ医術が発達しておらず、やる事はまじない程度のものだったので両者とも孔子以前の儒者(簡単にいえば葬儀屋)と同じで下層階級の仕事とみなされていたからでござる。

孔子の母親の顔徴在はこの儒者階層の出身者で、幼い頃の孔子は母親や親戚に習ったであろう礼法を真似て遊んだそうでござる。こうして下層階級の礼法を学んで育った孔子は成人して上流階級の礼法も学び、周の都へ留学して宮廷の礼法も学んで礼学の第一人者となるのでござる。そして古今の礼法をまとめた上で怪しげなまじないを排し、全ての礼法に通じる基本原則を先祖や家族に対する孝だと見抜き、そこから生まれる社会道徳を仁として哲学にまで昇華した結果、現在でいう儒学が成立するのでござる。

「南方の」という言葉に孔子の南方文化に対する差別意識が含まれているのでござるが、さらに巫覡や医者といった孔子の目指すものとは違う非文化的伝統を守る者たちでさえ信念を貫くという点に感心したのでござろう。

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