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	<title>孔子の論語　公冶長第五の十七　晏平仲、善く人と交わる、久しくしてこれを敬す へのコメント</title>
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	<description>英語に関するくだらないこと書いちゃうでござる</description>
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		<title>匿名 より</title>
		<link>http://blog.mage8.com/rongo-05-17/comment-page-1#comment-204</link>
		<dc:creator>匿名</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Sep 2011 13:43:31 +0000</pubDate>
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		<description>　一言書かせていただきます。分かりやすい自然な訳で感心しました。確かに、生きていくうえで言葉づかいは大切で、うっかり使い方を誤ると人間関係に影響しかねず、時に一生を左右しかねない事態に発展しかねません。それくらい大切なように思います。
　だからでしょうか、阿川弘之は、「論語知らずの論語読み」の中でこの言葉を取り上げ、師の志賀直哉にたしなめられたことを書かれています。自分の著書が売れて若干鼻が高くなって態度に現れたようだと反省をしているものです。
　しかし、言葉使いに注意することは、私のような凡人には実践しがたく、難しいことのように思えます。一生を左右しかねないと、その重要性がわかっていてもです。
　人に足を踏まれて痛いと感じて初めて、人の足を踏んだことのまずさを感じる自分の鈍感さををどうにもできません。それではいけないと、この言葉を忘れないように何度も心の中で繰り返している次第です。
　「華美は駄目」との進言とは裏腹に、逆に儀式に金をかけすぎる孔子先生の実態を横目で見つつ、「偉い人でも言動不一致のことがあるのだから。」と思っても、もちろん自分がまずいことを行ったことの言い訳にもなりません。他人に迷惑をかけないように日々注意をするしかありません。
　素晴らしい訳をありがとうございました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>　一言書かせていただきます。分かりやすい自然な訳で感心しました。確かに、生きていくうえで言葉づかいは大切で、うっかり使い方を誤ると人間関係に影響しかねず、時に一生を左右しかねない事態に発展しかねません。それくらい大切なように思います。<br />
　だからでしょうか、阿川弘之は、「論語知らずの論語読み」の中でこの言葉を取り上げ、師の志賀直哉にたしなめられたことを書かれています。自分の著書が売れて若干鼻が高くなって態度に現れたようだと反省をしているものです。<br />
　しかし、言葉使いに注意することは、私のような凡人には実践しがたく、難しいことのように思えます。一生を左右しかねないと、その重要性がわかっていてもです。<br />
　人に足を踏まれて痛いと感じて初めて、人の足を踏んだことのまずさを感じる自分の鈍感さををどうにもできません。それではいけないと、この言葉を忘れないように何度も心の中で繰り返している次第です。<br />
　「華美は駄目」との進言とは裏腹に、逆に儀式に金をかけすぎる孔子先生の実態を横目で見つつ、「偉い人でも言動不一致のことがあるのだから。」と思っても、もちろん自分がまずいことを行ったことの言い訳にもなりません。他人に迷惑をかけないように日々注意をするしかありません。<br />
　素晴らしい訳をありがとうございました。</p>
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