月別アーカイブ: 2008年8月

孔子の論語 郷党第十の三 君召して擯たらしむれば、色勃如たり、足躩如たり

孔子の論語の翻訳243回目、郷党第十の三でござる。

漢文
君召使擯、色勃如也、足躩如也、揖所與立、左右其手、衣前後襜如也、趨進翼如也、賓退、必復命曰、賓不顧矣。

書き下し文
君(きみ)召(め)して擯(ひん)たらしむれば、色(いろ)勃如(ぼつじょ)たり。足(あし)躩如(かくじょ)たり。与(とも)に立つ所を揖(ゆう)すれば、其の手を左右にす。衣(ころも)の前後(ぜんご)襜如(せんじょ)たり。趨(はし)り進むには翼如(よくじょ)たり。賓(ひん)退けば必らず復命(ふくめい)して曰わく、賓顧(かえり)みずと。

英訳文
Confucius walked at brisk pace with a strained face when he attend to guests by his lord’s order. He stretched his arms to the right and left when he bowed to other ministers, and his robe moved elegantly. His brisk step was graceful like a bird spreading its wings. After guests left the palace, he reported to his lord without fail that guests had never looked back because they were satisfied.

現代語訳
孔子が君主の命令で賓客をもてなす時には、緊張した面持ちでそろそろと小刻みに歩かれた。一緒に接待役を務めている他の大臣におじぎをする時には、両手を右や左に頭と共に相手へ向けられてお辞儀されて礼服が体と共に優雅に動いた。小走りに歩まれる様は翼を拡げた鳥の様に優雅であった。賓客が退出される時に見送りで付き添った後は、君主の所まで必ず戻って来て、「(もてなしに満足していたので)お客様達は一度も振り返る事無く帰られました。」と報告された。

Translated by へいはちろう

郷党第十の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトの論語 郷党第十を英訳を見て下され。

孔子の論語 郷党第十の二 朝にして下大夫と言えば、侃々如たり

孔子の論語の翻訳242回目、郷党第十の二でござる。

漢文
朝與下大夫言侃侃如也、與上大夫言誾誾如也、君在踧踖如也、與與如也。

書き下し文
朝(ちょう)にして下大夫(かたいふ)と言えば、侃々如(かんかんじょ)たり。上大夫(じょうたいふ)と言えば、誾々如(ぎんぎんじょ)たり。君在(いま)せば踧踖如(しゅくせきじょ)たり、與與如(よよじょ)たり。

英訳文
In the Court, Confucius behaved friendly toward lower ministers, behaved modestly toward higher ministers, and behaved respectfully and calmly toward his lord.

現代語訳
朝廷に出仕した時の孔子は、下位の大臣に対しては和やかに振舞われ、上位の大臣に対しては慎み深く振舞われ、主君がおわす時には恭しい態度でありながらも余裕を失わずに振舞われた。

Translated by へいはちろう

どことなく詩文のような雰囲気のある原文でござるが、文字数にバラつきがあるから特に詩文を意識した訳では無いのでござるかな?

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孔子の論語 郷党第十の一 孔子、郷党に於て恂々如たり

孔子の論語の翻訳241回目、郷党第十の一でござる。

漢文
孔子於郷黨恂恂如也、似不能言者、其在宗廟朝廷、便便言唯謹爾。

書き下し文
孔子、郷黨(きょうとう)に於(おい)て恂々如(じゅんじゅんじょ)たり。言うこと能(あた)わざる者に似たり。其の宗廟(そうびょう)、朝廷(ちょうてい)に在(いま)すや、便々(べんべん)として言い、唯(た)だ謹(つつ)しめり。

英訳文
Confucius spoke a little in his hometown modestly, like he could not speak. But at the ancestral temple of the country and the Court, he spoke fluently. He behaved modestly in that case, too.

現代語訳
孔子は故郷に帰った時はまるで口がきけなくなったかの様にあまりお話にならず、謙虚な態度をとっておられた。しかし先祖を祀る社や朝廷に居る時には流暢にお話をされた、その場合でも謙虚な態度は失われなかった。

Translated by へいはちろう

キリスト教の聖書には「預言者は故郷では敬われない」という一節があるのでござるが、それが思い出されるでござるな。

孔子がいくら勉学に励み、修身して偉大な人物となっても若い頃の失敗や「若気のいたり」を知る故郷の人々の前では謙虚な態度にならざるを得ないのが人情と言うものでござる。

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孔子の論語 子罕第九の三十二 未だこれを思わざるなり、夫れ何の遠きことかこれ有らん

孔子の論語の翻訳240回目、子罕第九の三十二でござる。

漢文
唐棣之華、偏其反而、豈不爾思、室是遠而、子曰、未之思也、夫何遠之有哉。

書き下し文
唐棣(とうてい)の華(はな)、偏(へん)として其(そ)れ反(はん)せり。豈(あ)に爾(なんじ)を思わざらんや、室(しつ)是(これ)遠ければなり。子曰わく、未(いま)だこれを思わざるなり。夫(そ)れ何の遠きことかこれ有らん。

英訳文
“Petals are fluttering in the garden. I miss you so much. But your house is too far to go.” Confucius talked about this poem, “The man does not miss her much. If he missed her that much, he would go to anywhere.”

現代語訳
”庭桜(にわざくら)の花がひらひらと舞っている。君の事を恋しく思わないわけではないが、家路が少し遠いのだ。”
孔子がこの詩についておっしゃいました、
「この男はそれほど恋人を思っていないな。もし言うほど恋しく思っていれば、距離なんて問題にもならぬはずだ。」

Translated by へいはちろう

八佾第三の二十でも孔子は恋の詩を批評しているのでござるが、孔子は意外と男女の恋愛の詩が好きだったのかも知れないでござるな。

今回で子罕第九は終了し、明日からは郷党第十でござる。

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孔子の論語 子罕第九の三十一 与に学ぶべし、未だ与に道に適くべからず

孔子の論語の翻訳239回目、子罕第九の三十一でござる。

漢文
子曰、可與共學、未可與適道、可與適道、未可與立、可與立、未可與權。

書き下し文
子曰わく、与(とも)に学ぶべし、未(いま)だ与に道に適(ゆ)くべからず。与に道に適くべし、未だ与に立つべからず。与に立つべし、未だ与に権(はか)るべからず。

英訳文
Confucius said, “A fellow student does not always have the same aspiration as yours. A friend who has the same aspiration does not always have the same values as yours. A friend who has the same values does not always cast in his lot with you.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「共に学ぶ友人と同じ目標を共有できるとは限らない。同じ目標を持つ友人と同じ価値観を共有できるとは限らない。同じ価値観を持つ友人と同じ志を抱いて共に人生を歩めるとは限らない。」

Translated by へいはちろう

小学校の一年生になった時に友達を100人作るのは少子化が進んだ現代では難しいのかも知れないのでござるがそれはさておき、学生の時に大勢いた友達も卒業する度に疎遠になり、年月が過ぎるほどに減っていって最終的には数人に落ち着くものでござる。

最近ではお年寄りでも活動的な方は友人が多いかも知れないでござるが、やはり同じ価値観を共有できる友人というのは少ないものでござる。

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