Archive for 6月, 2008

孔子の論語 述而第七の六 道に志し、徳に依り、仁に依り、芸に游ぶ

カテゴリー ちょんまげ翻訳 和英, 論語 6月 5日, 2008 – コメントなし

孔子の論語の翻訳156回目、述而第七の六でござる。

漢文
子曰、志於道、據於徳、依於仁、游於藝。

書き下し文
子曰わく、道に志し、徳に依(よ)り、仁に依り、芸に游(あそ)ぶ。

英訳文
Confucius said, “Aspire after the Way, follow the virtues, follow the benevolence and enjoy arts.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「人格者たらんと志を持ち、道徳に従い、仁の心に従い、技芸を楽しみなさい。」

Translated by へいはちろう

儒学における芸とは六芸(りくげい)、つまり(礼節)・(音楽)・(弓術)・(馬車を操る御者術)・(書道・文学)・(数学)の六つの技芸の事で、これらは君子のたしなみとされていたのでござる。(漢代以降は六経の事を指すようになった)

学問ばかりしていても駄目ですよ、ということなのでござるが、貴族趣味だと言えば言えなくも無いでござるな。孔子をはじめ志の高い人物たちはともかく、春秋戦国の士大夫たちが着飾って仰々しく技芸を競う様が目に浮かぶ様でござる。

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孔子の論語 述而第七の五 久し、吾復た夢に周公を見ず

カテゴリー ちょんまげ翻訳 和英, 論語 6月 4日, 2008 – コメントなし

孔子の論語の翻訳155回目、述而第七の五でござる。

漢文
子曰、甚矣、吾衰也、久矣、吾不復夢見周公也。

書き下し文
子曰わく、甚(はなは)だしいかな、吾が衰えたるや。久し、吾復(ま)た夢に周公(しゅうこう)を見ず。

英訳文
Confucius said, “I’ve got old very much. It has been a long time since I met Zhougong Dan in my dreams last time.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「私も衰えたものだなぁ、最後に夢の中で周公(しゅうこう)にお会いしてから随分と経ってしまった。」

Translated by へいはちろう

周公(しゅうこう:魯国の開祖、周公旦(しゅうこうたん)。孔子が最も尊敬した人物の一人。詳細は八佾第三の十五に)

夢の中でまで尊敬する先人に会っていたとは、空いた口が塞がらないレベルの向学心でござるな。いったい周公は夢の中でどんな事を孔子に話されたのでござろうか?

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孔子の論語 述而第七の四 子の燕居、申申如たり、夭夭如たり

カテゴリー ちょんまげ翻訳 和英, 論語 6月 3日, 2008 – コメントなし

孔子の論語の翻訳154回目、述而第七の四でござる。

漢文
子之燕居、申申如也、夭夭如也。

書き下し文
子の燕居(えんきょ)、申申如(しんしんじょ)たり、夭夭如(ようようじょ)たり。

英訳文
Confucius was always peaceful and amicable at his home.

現代語訳
孔子は自宅に居る時は、いつも穏やかで和やかであった。

Translated by へいはちろう

ことさらにこの様な文が残っているという事は、外においては厳しい一面もあったという事でござるな。

しかし自宅に帰って弟子達と語らう時には穏やかであったと、厳しさと和やかさのメリハリを持っていたという事でござるな。

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孔子の論語 述而第七の三 徳の脩めざる、学の講ぜざる、義を聞きて徙る能わざる、不善の改むる能わざる

カテゴリー ちょんまげ翻訳 和英, 論語 6月 2日, 2008 – コメントなし

孔子の論語の翻訳153回目、述而第七の三でござる。

漢文
子曰、徳之不脩也、學之不講也、聞義不能徙也、不善不能改也、是吾憂也。

書き下し文
子曰わく、徳の脩(おさ)めざる、学の講(こう)ぜざる、義を聞きて徙(うつ)る能(あた)わざる、不善の改むる能わざる、是(これ)吾が憂(うれ)いなり。

英訳文
Confucius said, “Not to follow virtues, not to learn studies, not to act as the need arises and not to correct a fault. These are sources of anxiety for me.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「道徳に従わないこと、学問を学ばないこと、必要な時に行動できないこと、欠点を正さないこと、こんな風に成らない様に私はいつも心配している。」

Translated by へいはちろう

別の言い方をすると、

「常に善い事をしようと心がけ、善悪の判断に偏りが無いように学び、学んだだけで終わらず常に行動を心がけ、自らに間違いがあれば正す。」

という事でござるな。これらを一つの輪のように繰り返して注意する事により、人格者たり得るという事でござろうか?

しかし誰でも最初は善い事をしようという素朴な気持ちから始まるのでござるな。

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孔子の論語 述而第七の二 黙してこれを識し、学びて厭わず、人を誨えて倦まず

カテゴリー ちょんまげ翻訳 和英, 論語 6月 1日, 2008 – コメントなし

孔子の論語の翻訳152回目、述而第七の二でござる。

漢文
子曰、默而識之、學而不厭、誨人不倦、何有於我哉。

書き下し文
子曰わく、黙(もく)してこれを識(しる)し、学びて厭(いと)わず、人を誨(おし)えて倦(う)まず。何か我に有らんや。

英訳文
Confucius said, “To memorize silently, to learn eagerly and to teach without being lazy. These are matters of course for me.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「静かに物事を記憶し、熱心に学び、人に教えて怠らない。これらの事は私にとっては当たり前の事なのだ。」

Translated by へいはちろう

論語の最初の文である学而第一の一に「学びて時にこれを習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや」とあるように、学ぶ事は本来楽しい事なのでござる。よく英語の学習でも「楽しみながら英語を学ぶ」というキャッチフレーズを使っている所があるのでござるが、これは間違いで、

学ぶ事は楽しい事

なのでござる。なんだか卵が先か鶏が先かみたいな話になってしまうのでござるが、この両者には海よりも深い違いがあるので肝に銘じておいて欲しいものでござる。

努力と言うのは自ら楽しんでやる限り、「娯楽」と呼べるものでござる。

楽しんで学ぶ事が出来ないという御仁は、必要にせまられてか高い目標に押しつぶされて目の前の学問の面白さに気づいておられ無いだけなのでござろう。それらは致し方の無い事なので別に非難をする訳ではござらん。

しかし自分の生活にゆとりが出来て、何か時間を持て余して退屈だと思ったときは、何かを学ぶ事以上に楽しいことは無いと拙者は考える次第。

学問でなければ運動するのも良いでござるな。

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