月別アーカイブ: 2008年2月

孔子の論語 八佾第三の十九 君、臣を使うに礼を以てし、臣、君に事うるに忠を以てす

 孔子の論語の翻訳59回目、八佾第三の十九でござる。

漢文
定公問、君使臣、臣事君、如之何、孔子對曰、君使臣以禮、臣事君以忠。

書き下し文
定公問う、君、臣を使い、臣、君に事(つか)うること、これを如何(いかに)。孔子対(こた)えて曰わく、君、臣を使うに礼を以(もっ)てし、臣、君に事うるに忠を以てす。

英訳文
Marquis Ding asked, “How should the monarch rule his vassals? And how should vassals serve their monarch?” Confucius replied, “The monarch should rule his vassals with courtesy. And vassals should serve their monarch with loyalty.”

現代語訳
魯の定公が孔子に「君主はどの様に家臣を扱い、家臣はどの様に君主に仕えるべきだろうか?」と尋ねられ、孔子はこう答えられました、
「君主は礼儀をもって家臣を扱い、家臣は忠義をもって君主に仕えるべきです。」

Translated by へいはちろう

定公(在位B.C.509~B.C.495。 名前は姫宋、爵位は侯爵。先代の昭公が三桓氏によって追放された後、魯公となった。孔子を重用して司寇(警察・司法責任者)に任じたが、次第に政務への熱意を失っていき礼儀を軽んじるようになる、失望した孔子は魯国を去って行った。)

上記の様に、儒学でいうところの忠義は日本の武士道の忠義とは少し違うところがあるのでござる。儒学において亜聖(孔子に次ぐ聖人)と呼ばれる孟子はこう述べているでござる。

「君主と同族の重臣は君主に重大な過失があり、度々忠言をしても聞き入れられなければ、君主を取り替えるべきである。同族関係でなければ国を去るべきである。」

ついでに言えば日本でも平時の忠義と乱世の忠義もいくらか違うでござるな。

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孔子の論語 八佾第三の十八 君に事うるに礼を尽くせば、人以て諂えりと為す

 孔子の論語の翻訳58回目、八佾第三の十八でござる。

漢文
子曰、事君盡禮、人以爲諂也。

書き下し文
子曰わく、君に事(つか)うるに礼を尽くせば、人以て諂(へつら)えりと為す。

英訳文
Confucius said, “When I serve my lord with the utmost courtesy, people call me ‘a flatterer’.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「私が主君に対して礼を尽くして仕えていると、人々は “媚びへつらっている” という。」

Translated by へいはちろう

「礼」と「媚」は他人から観れば見分けが付きにくいものでござる。これらを明確に分けるとしたらそれは「自分の利益のためにすれば”媚”」、「自他の仁義のためにすれば”礼”」ということでござろうか、常に自らの仁義のために行動していれば他人の批判などは気にならないものでござるが、批判を避けようと思えば大事なのは「日ごろの行い」でござるな。

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孔子の論語 八佾第三の十七 女は其の羊を愛む、我は其の礼を愛む

孔子の論語の翻訳57回目、八佾第三の十七でござる。

漢文
子貢欲去告朔之饋羊、子曰、賜也、女愛其羊、我愛其禮。

書き下し文
子貢(しこう)、告朔(こくさく)の饋羊(きよう)を去らんと欲す。子曰わく、賜(し)や、女(なんじ)は其の羊を愛(おし)む、我は其の礼を愛む。

英訳文
Zi Gong proposed to quit offering sheep as a sacrifice to the ancestors at the ceremony on the first day of every month. Confucius said, “You value sheep. But I value the tradition.”

現代語訳
子貢が毎月1日に行われる告朔(こくさく:毎月1日に祖霊に羊を捧げて、祖廟に保管してあった天子からもらったその月の暦を人民に告げる祭事)に捧げられる羊をやめようと提案して、孔子はこう答えられました、
「子貢よ、お前は羊を惜しむだろうが、私は伝統が失われる事を惜しむ。」

Translated by へいはちろう

古代の政治において暦を支配すると言う事は天子にのみ許された神聖な行為でござった。暦が無ければ農民はいつ種をまいて良いか解らず、いつ雨季が来るかも解らない。政(まつりごと)とは天文を見て、祭祀の日にちを決め、人々の暮らしを支配する事でござる。 日本でも改元などを含め暦を定めるのは朝廷の専有権限であり、その権限は江戸時代前期まで守られたのでござる。

さて今回の文章は合理性を求める子貢と、伝統を重んじる孔子のやりとりでござるな。この時の魯国の告朔の儀式は形骸化しており、それならいっそ羊を無駄にする事もないだろうと子貢は考えたのでござる。しかし孔子は例え形骸化した儀式とは言え、止めてしまう事によりそれまで続いた伝統が絶えてしまう事の方を惜しんだ訳でござる。

「伝統を大事にしよう」と言うのは非常に簡単でござるが、 伝統を受け継ぐ事は非常に難しい。拙者自身は有形であれ、無形であれ時代と共に変化しない物など無いと思っているのでござるが、時代に合わせて何でも変えてしまったりしては全ての物の存在価値が希薄になってしまう。なればこそ人は古きを学んで新しきを知り、変えて良いものと変えてはいけないものを慎重に区別してきたのでござろう。

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孔子の論語 八佾第三の十六 射は皮を主とせず、力の科を同じくせざるが為なり

 孔子の論語の翻訳56回目、八佾第三の十六でござる。

漢文
子曰、射不主皮、爲力不同科、古之道也。

書き下し文
子曰わく、射(しゃ)は皮を主とせず。力の科(か)を同じくせざるが為(ため)なり。古(いにし)えの道なり。

英訳文
Confucius said, “In the competition of archery, the purpose is not to hit a target. Because people’s skill is not equal. This is a method from ancient times.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「弓での競技では的を射抜く事が目的では無い、人々の技術には差があるからである。これは昔から伝わる作法である。」

Translated by へいはちろう

この文は素直に読めばスポーツマンシップとか剣道などに通じるものがあるでござるな。もちろん弓の競技は的を射抜くことを目的としているのでござる、しかしその振る舞いが悪ければ面目が立たなかった、ということでござるな。

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孔子の論語 八佾第三の十五 子、大廟に入りて、事ごとに問う

孔子の論語の翻訳55回目、八佾第三の十五でござる。

漢文
子入大廟、毎事問、或曰、孰謂聚陬人之知禮乎、入大廟、毎事問、子聞之曰、是禮也。

書き下し文
子、大廟に入りて、事ごとに問う。或るひと曰わく、孰(たれ)か陬(すう)人の子(こ)を礼を知ると謂うや、大廟に入りて、事ごとに問う。子これを聞きて曰わく、是(これ)礼なり。

英訳文
When Confucius played host of the rite in Zhougong Dan’s mausoleum, Confucius asked each detail of manners. Someone said, “Who says he knows about manners well?” Confucius heard this and said, “It is a right manner to ask elders about manners.”

現代語訳
孔子が周公旦の廟(周公旦を祭った建物)で祭事の責任者を務めた時、儀式について事細かく先輩に尋ねて行った。ある人がそれを見て、「いったい誰があの出自の卑しい人間が礼に詳しいというのだ。」と孔子を揶揄した。孔子はそれを聞いて、
「(作法に間違いが無いようにし、そして先輩の顔も立てる、)これこそ正しい礼の作法というものだ。」
とおっしゃいました。

Translated by へいはちろう

周公旦(しゅうこうたん:姓は姫、名は旦。魯国の開祖、周の武王の弟、武王を政治的に補佐して周建国及び建国後の安定に功績が大きく、「周礼」・「儀礼」を著し礼学の祖とも言われる、孔子が最も尊敬した人物の一人。)

(すう:魯国昌平郷陬邑、孔子の出身地、孔子の父親の叔梁紇(しゅくりょうこつ)はこの地の役人をしていた)

今回の主題は「礼とは知識として知っている事よりも、礼法に違わず行う方が重要である。」ということでござるな。 祭事の礼法にも違わず、先輩を立てて常の礼法にも違わず、という孔子のエピソードでござる。

「本当に知らなかったのでは?」という発想は無しの方向でお願いするでござる。

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